戦国島津伝




 第一章 『乱世』

 風が吹いていた。

 その風はどこまでも遠く、はるか都にまで吹いていきそうだと、義久は思った。

 山の頂で島津義久は、父である貴久と眼下にある集落を見ていた。山賊の集落で、度々近隣の村々に略奪を繰り返していると言う。

 本来なら自分がやる仕事ではないが、少しでも実戦を積ませようとしているのであろう父は。

 いや、祖父である忠良様も同じ考えのはずだ。

 兵は既に配置し終わっている。配置から作戦まで、全部自分で考えた。

 父上はこの山賊狩りではただついて来ただけ、という感じだ。

 「ふむ、まあやってみよ」

 分かっていても、何も言わない。

 もっと良い方法を知っているのに教えようとしない。そんな所があった。

 確かに甘えはよくないが、それは民政に関しても同じだった。新米の文官を政治に参加させ、助言も何も言わない。

 ただ自力でやってみろという態度を貫く。

 それで少しでも失敗すると、自分が出てきて立て直す。

 義久から見れば、それは意地悪というものだ。

 自分の力を何一つ、授けようとしない。教えようとしない。





 「まあ、気付いた所で、慌しく逃げるだけであろう。山賊とはそういう輩だ」

 それでは意味が無い。義久は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 これは戦ではなく、言わば処刑なのだ。

 一撃で叩き潰し、全員殺す。山に散れば、また戻ってくる。

 当たり前の事だった。戻る場所などない。

 やる仕事も無い。だから群れる、暴れる、金品を奪う。

 「全軍逆落としを仕掛ける。武器を取れ、気合を入れろ、一瞬で片付けるぞ」

 考えるのはもう止めだ。今は実戦なのだ。自分に、そう言い聞かせた。

 全員が馬に乗り、ゆっくり進み始めた。

 初めはゆっくり、次第に早く、徐々に敵も気付き始めた。

 慌しく刀や槍を持った者達が出始める。

 だが、全てが遅かった。

 勝敗は、一瞬だった。

 山頂からの騎馬の逆落としに、山賊共は直ぐに潰走を始めた。

 敵の兵は六百ほど、こちらは四百ほどであったが、上から下への圧力はそんな数の劣勢など問題にしなかった。

 皆殺し。とまではいかないが、かなりの数の敵を討ち取った。

 初めて、実戦をした。

 だが、足りない。

 義久ははっきりと感じた。

 自分は山賊を相手に喜んでいる器なのか、否。わしはこんな辺境の戦で満足していい器ではない。

 もっと、もっと上を目指す。

 夢は都を制する事。

 夢は夢のままで終わらせるのか、それが男かと、義久は夕日に目をやりながら考えた。


 第一章 完

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