戦国島津伝




 第五章 『初陣の前夜』

 その日、島津家当主島津貴久は、新納忠元・平田光宗・伊集院忠朗の息子忠倉などの家臣団を呼び、軍議を開いた。

 「蒲生が各地の国人衆をたぶらかし、我々に反抗しておるは周知の事実」

 口火を切った貴久の口調は何時もと変わらなく穏やかだった。

 [既に菱刈や入来、祁答院も我らに反旗を翻しています」

 父に負けず聡明な男として評判の伊集院忠倉(いじゅういんただあお)が答える。

 「義久も二十歳じゃ、そろそろ一人で戦を学ばせてやってもよかろう」

 「御意」

 「奴らには、岩剣城を攻めさせる」

 蒲生範清(かもうのりきよ)は、西大隈の最大国人衆である。彼は祁答院、菱刈、入来の島津家寄りの国人達を次々丸め込み。『反島津連合』なるものを作り上げていた。

 そんな彼が篭る竜ヶ城を守る四つの支城の一つが、岩剣城である。

 力強く頷いたのは平田光宗(ひらたみつむね)。前記の通り、義弘お気に入りの勇士である。

 「お前達三人はそれぞれ義久、義弘、歳久に従軍してくれ、兵は一千」

 「一千ですね、分かりました」

 「種子島は?」

 新納忠元が静かに言う。

 「装備させる。わしと他の武将は、蒲生の支城である残りの三城を攻める」

 貴久の言葉で軍議は終了した。




 翌朝内城

 「く、拙者の城はここから遠いのだぞ!くだらん理由で呼ばれたのなら父上を蹴り飛ばす!」

 激昂して馬を走らせるのは歳久。

 「まあ落ち着け歳久。恐らくわしの予感が当たっていれば、我々は当分城には帰れん」

 歳久の前で馬上から語り掛けるのは長男義久。

 「ほう、そいつは困るな。ようやく馬も揃って来た所だったのに・・・それに兄者の勘は昔からよく当たるしな」

 一番後ろで笑っているのは義弘。

 三兄弟全員が顔を会わせるのは久し振りである。皆それぞれ城を与えられ、思い思いに政務や軍務に励んでいたのだ。

 歳久がぶつぶつ言いながらも、三人は内城に入った。

 「お前達には悪いが、戦に出てもらう」

 父貴久からの第一声は簡潔であり衝撃だった。

 「戦・・・ですか」

 「そうだ、お前達だけでな」

 「相手は?」

 「岩剣城と守将の岩水権史郎(いわみずごんしろう)だ」

 「なるほど、あそこですか」

 歳久は些か緊張した様子であり、義弘は武者震いをしている。

 ただ一人、義久だけは何の反応も示さず、貴久の話を聞いている。

 三人それぞれの反応に、貴久は思わず苦笑した。

 「兵は一千、種子島も装備させる、異存はないな」

 「ですが、奴の主人である蒲生には味方が多い。下手に攻めれば、こちらが痛手を負うのでは」

 「歳久、お前は戦の勝敗を数の多少で決めるのか?」

 「い、いいえ。・・・では聞きますが、この戦は何処までで終わるのですか?」

 「決まっている、岩剣城を制するまでだ」

 「こ、後方からの援軍は?」

 「残念だがわしも他の者も他城を攻める、お前達の一千だけでやってもらう」

 歳久絶句。今度は義弘が質問する。

 「では今度の戦、父上は一切の手出しをしない、と言う事ですね」

 「ああ、作戦、戦術、用兵。全てお前達に任す、見事岩水権史郎を討ち、城を奪ってみよ」

 「ははぁ!我等兄弟、必ず此度の戦を勝利に飾って見せます」

 「うむ、期待しているぞ」

 その後、貴久から義久達に従軍する武将は、平田、新納、伊集院の三人だと報告を受け、三兄弟は解散した。




 「義弘、遂に来たな」

 「全くだ、近頃は乱世だと言うのに、我々島津は平穏そのもの・・・」

 祖父島津忠良は、薩州島津家、伊東氏との抗争等でその武威を示した。逆に父の島津貴久は、祖父が広げた領土の安定、宿敵との和睦、国力の充実、種子島(火縄銃)の大量購入などに力を入れた。

 つまり、貴久は戦の人ではなかった。息子達は乱世でありながら、中々戦と言うものを体験する事が出来なかった。

 今回の城攻めは、世に飛躍する事を望んでいる義久や義弘にとっては、まさに自分達の実力を試すよい機会だった。

 「大兄上!兄上!何を暢気な事を言ってるのです!戦は我々に不利、慎重に事を運ばねば!!」

 歳久は現実主義者であった。

 実際今回の戦は誰が見ても不利。敵の蒲生には西大隈の国人衆が味方しており、しかも岩剣城は天険に守られている。戦の常識として、城攻めには敵の守兵の三倍の数がいるとされている。野戦でも攻城戦でも、自分達は不利である。

 「んな事は分かってんだよ歳久、俺も兄者もな。確かに兵力じゃ負けてる、城に篭城されるとまず勝ち目は無いわな」

 「と、すると」

 義久が意味深に義弘を見て微笑み、義弘もニヤリと笑った。

 「野戦決戦に持ち込み、一気に大将の岩水権史郎を討ち、あわよくばその首持って岩剣城を無血開城させる」

 「ぬ・・・むぅ〜」

 歳久が唸る。義久は力強く頷く。

 「問題はどうやって敵を原野に誘い出すかだな」

 義久の頭の中には既に戦後の事があった。

 岩水権史郎は討てる、いや、負ける気がしない。たとえ自分にとって始めての戦だとしても。

 「明日、出陣する全員を集めて軍議を開く、お前達も明日の為によい策を考えとけ」

 「おうよ」

 「し、しかし野戦に持ち込みにしても。結局戦は兵の数がものを言う、せめてもう少し兵の数を父上より」

 「歳久、お前は勝てる戦しかしねぇのか?俺達が寡兵なら寡兵らしい作戦や力で敵を倒せばいいだけじゃねぇか」

 「・・・・・」

 歳久はそれ以上兄達に逆らうのをやめた。自分がどう言った所で結局戦はしなければならないのだ。

 だが心の中では

 (何だかんだ言って我々は初陣だぞ!初めての戦なんだぞ!)

 と毒づいていた。

 歳久が明日の戦について神経を磨り減らしている間、義久、義弘の二人は空を見つめていた。二人が目指す未来は、眼前にある草原や山々の遥か先にあるのだから。


 第五章 完


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