戦国島津伝




 第七章 『将軍達のとある一日』

 島津歳久の居城・岩白城。

 今日も歳久は政務に忙しい。朝から側近の忠朗の報告を聞き。農業、商業、工房の拡大など、統治都市の繁栄に余念がない。

 最初こそ戦場にて活躍したいという希望が強かったが、今では机の上で書類に目を通し、部下や側近に命令を下し、農村や町の発展を目にするのが楽しいと感じている今日この頃の歳久十七歳。


 「歳久様、亀丸城の義弘様から金銀の輸送依頼が来ております」

 「はっ?」

 机上にて書類作成を行っていた歳久は片眉を吊り上げる。

 「兄上の城から輸送依頼?亀丸城はそんなに金が不足しているのか」

 「いえ、そういう訳では・・・」

 「何じゃ、申してみよ」

 「義弘様は最近、種子島に興味を持たれており、その購入の為かと」

 「な!!」

 種子島。

 南の島・種子島から伝わった火を噴く筒である。この時代、希少価値が高く、戦でも使い勝手が悪い種子島は、どの国の大名も毛嫌いしていた。

 「た、種子島じゃと。兄上はあんな黒筒の為に我が城の金を使うと!」

 「は、はい」

 「ならんならん!何でよりにもよって我が城から」

 「それは、距離から言っても近く。そ、それにこの岩白城は、歳久様の采配のおかげで他城よりも裕福」

 パシッと、書類の塊が部下の顔面に当たる。

 「拙者は何も、金が惜しい訳ではない。兄上が何の役にもたたん黒筒を購入するのに、拙者の城から金を出せと言う根性が気に食わんのだ!」

 「で、ですが既に殿の許可も取ったと」

 「ぶっ!ゴホゴホ!!」

 ぶっ殺す!と言いたかった。

 殿とは父上の事、兄上め、最初から拙者が拒否する事を承知で父上に・・・マジで殺したい。

 急に血圧が上がり、肩で息をする歳久を尻目に、黙々と輸送の準備が開始された。




 義弘の居城亀丸城。

 「義弘様」

 「おぉ〜、流石に五十丁も揃うと壮観よの〜」

 「義弘様、そんな物の為に歳久殿からお金を・・・可哀想な歳久殿」

 義弘は五十丁の種子島を眺めニヤニヤと顔が綻び。

 そんな義弘に呆れている女性は正室の義弘夫人である。

 「おう、綾子。まあ見てみろ。いつかこの兵器が戦の主流になる」

 「はぁ〜」

 黒くて長い筒を弄る義弘を見て、生返事しか出来ない義弘夫人。

 「射程も弓より長く、殺傷能力も高い。だが・・・」

 「重くて複雑、更に連発が出来ない、でしょ?」

 「何だ綾子。お前もこれに興味があったのか」

 「いえ、義弘様がさっきから喋っていたので、大体分かりました」

 「ぐ・・・」

 時々義弘夫人は、義弘以上の見解の広さを垣間見せる。

 「あー、もっと使い易くならんかなー」

 まるで子供の様に種子島を持ちながら転がる義弘。

 「それの構造をよく知ってる人を、雇うなり集めるなりすれば宜しいのでは?」

 「う〜ん、工場でも造るか」

 義弘が新兵器の対応に頭を悩ませていた頃。




 義久の居城出水城。

 「兄様、それは何ですか?」

 末弟・島津家久は七歳になっていた。好奇心旺盛な子供である。

 「ふふふ、家久、これはな、種子島だ」

 「え〜〜と・・・確か火薬を用いる鉄の筒ですね」

 「ほう流石だな、義弘はこれに殊の外熱心であるらしい、だからわしも十丁ほど取り寄せてみた」

 種子島を上にしたり下にしたり、角度を変えて分析している義久を、興味津津な顔で見つめている。

 「どれ、では一発撃ってみるか」

 「えっ、兄様はそれが使えるのですか」

 「おいおい家久。わしを誰だと思っておる、こんな筒ぐらい簡〜単に扱えるぞ」

 「へぇ〜」

 家久、ちょっと尊敬。

 カチャカチャカチャ

 装填完了、火薬セット完了、狙いを定めて・・・

 ドン!

 一発の銃声と共に、円形の標的に穴が開いた。

 家久は念の為耳を塞いでいたが、その衝撃と威力に思わず溜息が漏れた。

 「うわ〜〜」

 「は、はははどうだ家久。見事に的に当てたぞ」

 「はい!凄いです兄様!」

 義久、思わずガッツポーズ。

 家久に良い所を見せたい為、昨日から練習していた甲斐があった。

 感動で震えている家久を見て、悪戯心が芽生えた義久。

 思わずニヤリ。

 「家久、家久」

 「はい?」

 家久が横を向いた瞬間、銃口が目の前。

 「っ・・・ワーーー!!」

 ガン
 ボコ!

 「あ痛!」

 「な、何するんです兄様!」

 怒りと恐怖で顔を紅潮させる家久。

 向けられた銃を片足で蹴り上げ、そのまま義久の額に銃口が直撃した。

 「あいタタタ・・・。し、心配するな家久、火薬を詰めねば弾は出てこん」

 「そ、それでもビックリするではありませんか!」

 家久激怒、義久平謝り、そんな二人を見つめる新納忠元。

 「義久様、種子島は玩具ではありませんぞ〜」

 忠元の怒りの愚痴は、二人の騒音で掻き消された。

 庭先で趣味の句を作ろうとしていた矢先、突然の発砲音。句の題材にしようと見つめていた鳥達も逃げ出し、忠元、珍しく不機嫌。

 「ふむ、それにしても素晴らしい威力だ。使い方によっては大いに活躍できる。父上に頼んでお金を、いや・・・歳久に頼もう」

 父の貴久は、大抵の事は兄弟で力を合わせよと教えている。

 義久はその教えに従い、出来る事は兄弟の中だけで解決したかった。

 「でも、歳久兄様も、大変なのではないですか?」

 「それに奴は前日、義弘に金を送ったばかりだしな」

 「ではなおさら・・・」

 「ま、良いではないか、歳久がどんな顔をするか、想像するだけで楽しいわ」

 (・・・鬼)

 家久の幼心の中で、兄義久のイメージはどんどん悪い方に傾いていく。

 翌日、義久からの書状を読み、岩白城内は歳久の怒声に震えた。


 第七章 完


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