戦国島津伝




 第十一章 『落鳳』

 1565年深夜 京都

 広大な館を取り囲む軍勢。

 全員が完全武装の戦闘集団である。

 そんな軍勢の中にいる数人の男

 「本当に殺るのか、久秀殿」

 「この期に及んで、何を弱気な事を言っているのですか?」

 一人の初老の男が、仲間を叱咤する。

 男の眼は不気味に光り、誰も彼の目を直視する者はいない。

 「鳳は、地に落ちる時が来たのだ」

 「久秀殿・・・」

 「これは反逆でも、謀反でもない。我らはただ、人の世の習いに沿うだけの事よ」

 く、く、く、と不気味に笑った後、松永久秀(まつながひさひで)の軍配が館に向けられた。




 「一大事!一大事ですぞ!!」

 一人の小姓が、主人の寝床に転がり込む。

 「何事か、騒々しい」

 主人も気配を察してか、既に起き出していた。

 「み、三好一門と、松永久秀が、む、む、謀反でございます!」

 「・・・・・そうか」

 館の主人であり、足利幕府将軍・足利義輝(あしかがよしてる)は、小姓の報告に静かに頷く。

 「い、いかが致します。既に館は完全に包囲されております」

 「いかがするもないだろう、余の太刀を持て」

 「え?」

 「太刀だ、聞えなかったか?」

 「・・・はい」

 顔を上げた小姓の顔は、泣いていた。

 この自分の為に・・・

 義輝は彼の優しさに心の中で感動した。

 思えば、自分の一生は暗かった。

 細川氏に続く三好長慶(みよしながよし)の圧政、天下の争乱。

 だがやっと、長慶が死んで、幕府の威光を取り戻せると思ったのに・・・

 義輝は悲しかった、ただ悲しかった。

 成上がり者の三好家を頼り、今は、三好家の家臣や松永という下郎に討たれようとしている。

 外では多くの悲鳴や怒号が飛び交い、次々に火矢も射掛けられ、館は燃え出した。

 「将軍様、童子切りです」

 将軍家に伝わる家宝、童子切りを手に持ち、義輝は表に飛び出した。

 「余の名は足利義輝!此度の貴様らの不義の行い、断じて許せん!天に代わって成敗してくれる!」

 突然の標的の乱入に、しばらく唖然となる襲撃者達。

 「かかれ、かかれぃ!あやつを討ち取れば、天下は我らの物ぞ」

 指揮官の檄に、襲撃者達は雄叫びを上げて迫ってくる。

 義輝はその中の数名の首を跳ね飛ばし、そのまま更に刀を二つ持って敵を斬り殺して行く。

 義輝は、天下の剣豪上泉信綱(かみいずみのぶつな)、塚原ト伝(つかはらぼくでん)に剣を習った達人である。並みの者達が束になっても敵わない。

 「おおーー、何千何万とかかって参れ!共に冥土への道連れじゃ!!」

 死を覚悟した気迫、その気迫に、徐々に後退していく武者達。

 だが、やがて・・・




 バン!

 無機質な音と共に、義輝の体が揺れる。

 撃たれたのだと、直感的に義輝は理解し、眼前の人物に目を向けた。

 そこには、顎に白い髭を少し蓄えた男、松永久秀がいた。

 「久秀・・・無念」

 「将軍様、ご成仏下され。生ける者は、いつか死ぬもの・・・将軍という名と共に、逝きなされ」

 久秀の不気味な声は、義輝の体に次々と突き立てられる刀の音で消えた。

 「は、ははは、ふははは!」

 勝利を確信し、笑い出す久秀。

 だが、久秀が義輝の顔を見た時、彼の笑い声は止まった。

 「・・・・・」

 義輝は死んでいた。だが、その目は真っ直ぐに久秀を見ていた。

 怖い者知らずの久秀が、生まれて初めて恐怖した瞬間だった。

 そのうち、一人の武者が体から刀を引き抜くと、義輝は真後ろに倒れた。

 足利幕府第十三代将軍・足利義輝、二十九歳の波乱の生涯だった。




 義輝の辞世の歌

 『五月雨は、霧か涙か、不如帰(ホトトギス)
              我が名をあげよ 雲の上まで』


 第十一章 完


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