戦国島津伝




 第十二章 『夢を受け継いで』


 将軍暗殺から一年、貴久は今だ三州(薩摩・大隈・日向)の統一が果たせない己の不甲斐無さを嘆いていた。

 息子の義久に家督を譲るのは三州を統一して後、と思っていたが、もはや自分の力量では限界なのではないか。

 そう、思い始めていた。

 「忠克」

 「なんでしょう?」

 「わしは、何歳になったか」

 側近の忠克は指折り数え。

 「え〜、かれこれ、五十二ではないかと・・・」

 「ふ、ふふ。五十二か、そうか、もうそんなに老いたか」

 「お言葉ですが、殿はまだ若こうございます」

 「父から家督を譲られ、戦を繰り返した。何度死に掛けたか知れん」

 「戦を繰り返し、勝ってきました」

 「負けもした、その度に、多くの将兵を死なせた」

 「乱世です、殿」

 「そうだ、乱世だ。だがもうわしの足では、乱世の道は辛い・・・」

 「殿・・・」

 貴久の顔には、今までの苦労が滲み出ていた。

 長年共に戦場を駆けた忠克は、そんな顔は見たくない、というように顔を背けた。

 「義久を呼べ」

 忠克は静かに、腰を浮かせた。




 島津家本拠・内城。

 貴久を前に、義久がゆっくりと頭を下げる。

 「ただいま、参りました」

 「ご苦労」

 部屋には、二人だけ。

 静けさが辺りを支配した。

 「義久、お前は今年、何歳になった?」

 「・・・三十三に」

 「そうか、もうそんな歳か・・」

 遠くを見つめる様に、貴久は話した。

 「お前が、生まれた時、わしは戦場にいた。戦場から帰った後に、お前の顔を見た。その時はまだ、小さな赤子であった」

 「・・・・」

 義久は無表情だった。

 彼は何時の頃からか、あまり感情を表に出さなくなっていた。

 「年月が経てば経つほど、お前は大きくなっていった」

 急に立ち上がった貴久は、義久の顔に両手を添えた。

 「わしはお前に、何も教えなかった。教えなくとも、お前は自分で学び、自分で理解した」

 義久は一心に貴久の顔を見た。貴久もまた、義久の目を見た。

 「・・・義久、わしは手を引く、この乱世からな」

 静かに、だが力強く、貴久は言い切った。

 「父上」

 「三州を統一せぬまま、家をお前に譲るのは心残りだが、これからはお前の時代だ」

 義久から離れ、城外を指差す貴久。

 「お前に渡したいものがある」

 指の先には平原、そしてそこには、鉄砲や軍馬などを装備した軍団が整列していた。

 「これは」

 「わしと父が鍛えた軍、お前に渡す」

 義久は戦慄した。

 兵の一人一人が、馬の一頭一頭が鍛え抜かれ、軍団全てから、異様な気が発せられていたからだ。

 「鍛えに鍛えた。これ以上の軍は、大隈にも日向にも、恐らく九州全土にもおるまい」

 黒一色の甲冑の美しさ。掲げる島津の家紋が、丸に十文字の旗が、風に靡いていた。

 「今日からお前が、島津家の頭領だ」

 貴久はそのまま、城の階段を降りて行った。

 一人残された義久は、無表情の顔のまま、熱い涙を流していた。


 第十二章 完


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