戦国島津伝




 第二十章 『次代の星達』

 1570年、この年、天は島津に味方した。

 長年対立していた渋谷一族と菱刈氏が相次いで降伏したのである。

 眼前に土下座する菱刈重広を見て義久の出した決断は。

 「過ぎた事はもうよい、重広には曽木城に移ってもらう、良いな?」

 「は、ははぁ!寛大なご処置、有り難き幸せ」

 「うむ」

 義久は、離合集散を繰り返した菱刈氏を再び許した。

 家臣の誰もが義久を尊敬したが、納得できない男もいた。

 参謀・上井覚兼である。

 「殿、何故です。菱刈一門を許し、人々の尊敬を集める算段ですか?そんな甘い考えでは、奴らはまた裏切ります。特に入来院(いりきいん)と東郷は、有力者の蒲生降伏後も、我らに楯突いた渋谷一族」

 「覚兼」

 義久の静かな目を見て、上井はそれ以上の進言を止めた。

 「・・・・」

 「分かっている、わしも。だが今は、菱刈や渋谷などに構ってはいられぬ」

 「殿・・・」

 「わしはな覚兼、上に立つ者にとって大切なのは、罰する事よりも、許す事だと思う。こんな時代だが、わしはそんな男でありたい」

 覚兼は義久の言葉に、心の中で微笑んだ。

 (こんな時代・・・だからこそ、か)

 その後、菱刈一門の本拠・大口城には新納忠元が入り、肥後の相良氏に備えた。




 島津家本拠・内城

 島津義久は深刻な顔で領内の地図に見入っている。

 「何をそんなに、考えているのですか?」

 義久の部屋には上井覚兼が一人、静かに座っていた。

 「領地は確実に広がっている、だが・・・」

 「人材が、不足していますか」

 「うむ」

 島津家は最近、人材不足に悩んでいた。

 重鎮・川上忠克は病死。歳久の恩人・伊集院忠朗も病死。

 忠克の息子・川上久朗は戦死。

 既に島津忠良、貴久と共に戦った老臣達も次々に世を去っている。

 「早く若い世代が、育ってくれれば良いのだが」

 「殿、心配無用。次代を担う者達は、確実に育っております」

 「わしも今年で三十七、モタモタしてはおれん」

 歴戦の老臣達に代わる若く有能な士。今の義久が、島津家が求めているのはまさにそれだった。

 平田光宗・新納忠元・伊集院忠倉・北郷時久などの勇士も、既に若いとは言えなくなっている。

 今、義久が期待する若い世代は、末弟・家久、その側近・鎌田、義弘の側近・町田などである。

 彼らに続く有能な士を早く・・・。それが、版図拡大を目指す島津家の願いだった。

 「そう言えば殿」

 「どうした?」

 「祁答院宮之城の歳久様から書状で、『山田有信を配属変えしてくれ』という要望が来ております」

 「やれやれ、歳久も奴には手を焼くか・・・」

 宮之城城で憤怒している歳久の光景を思い浮かべ、義久は覚兼と共に笑った。




 祁答院(けどういん)・宮之城城(みやこのじょうじょう)

 「有信!有信はどこか!」

 歳久は毎度の事ながら、怒っていた。

 「ここですよ歳久様、そんなに大声出さないでくださいよ」

 原因は一つ、城の矢倉の上から城下を見下ろしている男。

 「有信!政務もせずに毎日毎日ダラダラと、少しは動く姿を拙者に見せてみろ!」

 「う〜ん、でも俺、あんまり政治とか得意じゃないし」

 ブチ!

 背中に刀をさげ、ふざけた事を言っているのは山田有信(やまだありのぶ)。

 二十六歳の若さながら、文武両道に優れた武将として、主君・義久から太鼓判を押されている。

 「お!歳久様、あそこに旅商人が来てますよ、しかも女だ。美人だな〜」

 ブチ!ブチ!

 頑固で怒りっぽい歳久。軟弱者を見ると怒りを抑えきれない。

 歳久は矢倉の上に登り、有信に近付く。

 「内城では随分甘やかされたようだが」

 「?」

 「ここでは働かざる者食うべからず、まずは自分の仕事を片付けぃ!」

 そのまま歳久は有信の片耳を掴み、引きずって行く。

 「アイタタタ、離して、離してくれ〜」

 歳久の見事な新人指導である。

 後に山田有信は、『島津の鉄壁』と呼ばれ、島津家の重臣に成長する。




 薩摩・上井覚兼の屋敷

 「来たか」

 茶を飲みながら、覚兼は庭に眼を向けた。

 そこには、忍者の様な格好の、一人の男が座っていた。

 「長寿院だな」

 「はい」

 彼の名は長寿院盛淳(ちょうじゅいんもりあつ)。出生不明の謎の男である。

 「今日よりは私の下で働いてもらう。活躍を、期待している」

 覚兼はこの男の間者(スパイ)としての能力を認め、各地で集めた諜報部隊の隊長を任せるつもりだった。

 無論義久も知っているが、実質的に彼らを支配しているのは覚兼である。

 「承知」

 そう言うと長寿院は、音も無く姿を消した。

 「情報を制する者は、全てを制す。殿、外の事は、この覚兼にお任せあれ」

 長寿院盛淳はこの後、島津家の諜報員として活躍していく事になる。




 同じ頃、島津家久の姶良城

 「それがし、猿渡信光(さるわたりのぶみつ)と申す!今日より家久様に仕え、忠勤に励む所存でござる!!」

 家久が耳を押さえる程、元気の良い声を張り上げた猿渡信光。

 浅黒い肌と引き締まった体、まさに健康的な筋肉マンである。

 「そ、そうか。期待しておるぞ」

 「はい!!」

 キーーン・・・

 再び両耳を押さえる家久。

 二十一歳の猿渡は、自分と二歳しか違わないのに、既に多くの戦で活躍している家久を尊敬していた。

 それ故、彼の麾化(きか)で戦える事にかなりの嬉しさを感じている。

 「この猿渡!必ずや家久様と島津家のご期待に!」

 「ま、待て!」

 「応えてみせましょう!!!」

 真正面から声の波動をモロに受け、倒れそうになる家久。

 素早く鎌田が家久を避難させたが、猿渡に悪気はなく、嬉しそうに退出して行った。

 次代を担う者、多くの面で島津家には、育ちつつあった。


 第二十章 完


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