戦国島津伝




 第二十二章 『夢という名の野望』

 島津家四兄弟の末弟・家久は、父・白囿斎に呼ばれ内城を訪れた。

 「父上!」

 「おお、家久。よう来たよう来た!」

 家久は二十四歳、大人として立派に成長していたが、子供の部分も多く残っていた。久し振りの父親との再会に、無邪気に喜ぶ。

 「父上、この赤子は去年生まれた私の子で、名を忠豊と申します」

 白囿斎の腕の中に、小さな赤子が手渡された。

 「そうかそうか、お前の子か。おお〜可愛いの〜」

 孫を嬉しそうに揺さ振る白囿斎、腕の中の赤子はスヤスヤと寝息をたてている。

 この赤子、後の島津豊久(しまづとよひさ)である。

 家久の忘れ形見として、武勇を轟かす事になる。

 「子供は良いな家久。いつかはこの子も、我らの手を離れ、一人前になっていく」

 「はい」

 「せっかく呼んだのじゃ。家久、今日は夜更けまで酒の相手を致せ」

 「もとより、そのつもりですよ父上」

 「ははは、よ〜し、木刀を取れ!稽古を付けてやる」

 「はい!」

 こうして、家久と白囿斎の父子は、夜更けまで楽しく過ごした。




 夜も更けた頃。

 「父上、何故私を呼んだのですか?」

 家久の突然の質問。

 酒を飲み、ほろ酔い気分に浸っていた白囿斎は、ゆっくりと庭先から月を見上げた。

 「美しいな、今宵の月は」

 「・・・・・そうですね、本当に」

 自分の質問に意味が無いのを悟り、家久は父と一緒に月を見た。

 「わしが若い頃から、生まれる前から、月はあの場所にあったのだな」

 「はい」

 「この世に変わらぬ物が在るとすれば、あの月ぐらいなものだ」

 父は酔ってはいない

 白囿斎の悲しそうな、寂しそうな横顔を見て、家久は気が付いた。

 「お前の祖父で、わしの父であった日新斎様は、戦を嫌っていた。それでも、戦を繰り返し、一族と骨肉の争いを続けてきた」

 「・・・・・」

 「武士は生まれた時から、刀を帯びた瞬間から、何かを背負う。家、領地、使命」

 「父上も、何かを背負ったのですか?」

 「背負った。いや・・・背負わされたのだ。父がいなくなって、初めて気が付いた。わしは、何を望んでいたのか・・・と」

 「父は領地を広げ、戦に勝ちました。全てはお家の為、領民の為、平和な世の為ではございませんか」

 「人は歳を負う事に弱くなる。わしも随分弱くなってしまった。家の為に多くの人を殺め、息子達に残せたのは、無意味に大きな領土だけ」

 「父上は弱くなど・・・」

 「人は変わる。あの月の様に、いつまでも不変であり続ける事など出来ん」

 白囿斎の脳裏に、父親・日新斎の姿が思い出された。

 我武者羅に戦を繰り返し、勝ち続けた。死ぬ間際、まるで憑かれた様に生気を無くし、それでも力強く自分を見つめた父。

 父親としての日新斎は厳しくも優しく、ひたすら命の尊さ、大切さを教え。

 武士としての日新斎は、まるで鬼のように太刀を振るい、見事な軍略で敵を粉砕した。

 どちらが本当の彼だったのか、もう今では、確かめる術はない。

 彼が自分に遺した物、自分が息子に遺す物。いつまでも変わらない・・・『夢』。

 「日新斎様も、同じ気持ちだったのだな」

 「え?」

 「家久」

 白囿斎は、家久に顔を向けた。その顔はどこか、泣いているようだった。

 「島津家を、天下に飛躍させよ。兄達と力を合わせて、お前にはそれだけの力がある」

 「は、はい。必ず!」

 日新斎の残した物、それを確かに白囿斎は、家久に伝えた。

 心を殺し、目を閉じて、在り続ける物・・・。

 その夜の月は、どこか不気味に、辺りを照らし続けた。




 翌朝

 「う〜ん」

 家久は上体を起し、布団から起き上がった。

 「ついつい飲み過ぎてしまった。頭が痛い」

 家久は隣の部屋の襖を開け、白囿斎の布団を揺さぶった。

 「父上、起きて下さい。もう結構な時間ですよ」

 「・・・・・」

 心を殺して・・・・

 「父上?」

 目を閉じて・・・・

 「父・・・上?」

 在り続け、受け継がれる、『思い』。




 1571年6月23日、島津白囿斎(貴久)死去。享年五十七。


 第二十二章 完


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