戦国島津伝




 第二十七章 『剣豪の挑戦・前』

 大隈の戦で破れた肝付兼亮は、再び本拠地の志布志城に帰る事はなかった。

 母親の御南、それに所領安堵を条件に島津家に降伏した家臣団によって、大隈を追放されてしまったのである。

 本来、降伏しても許されるのは難しい。大名ならば所領没収、切腹という形が普通だ。

 今回の兼亮追放は、お家と領地を守りたい御南や家臣団にとってはやむを得ない方法だった。

 翌・1574年、まだ幼い肝付家第十九代当主・肝付兼護(きもつきかねもり)と共に御南は、正式に島津義久に降伏した。

 そして、まだ十三歳の兼護は、義久に南大隈の高山城のみを安堵すると一方的に勧告された。





 内城

 「義久殿、お待ちあれ!」

 廊下を歩く義久に声を掛けたのは、兼護の母・御南である。

 「どういうことじゃ!わらわは義久殿が、所領を全て安堵してくれると言うたから、頭を下げたのじゃ」

 怒気を上げて義久に迫る御南。

 先の大隈の戦の際、義久は御南や肝付家の家臣団に、所領安堵の手紙を渡している。

 「確かに書きました。ですが『全ての所領』とは、書いたつもりはありませんよ。伯母上」

 御南の怒りで赤らんだ顔は、徐々に泣き顔に変わっていく。

 「あ、あんまりじゃ。わらわは義久殿を信じて、可愛い息子を・・・」

 「可愛いの〜」

 義久は庭に目をやりながらそう答えた。

 御南も庭の方に顔を向けると、城内の女中達と島津家参謀・上井覚兼と遊ぶ兼護の姿。

 情けなくなって顔を伏せた御南は、義久の次の言葉に再び顔を上げた。

 「兼護、兼護」

 「!」

 呼び捨て・・・。

 肝付家は島津家に降伏した。だが大名である事に変わりはない。

 島津家当主・義久も、それ相応の礼儀を兼護に対してするべきなのに。

 顔面を蒼白にさせる母親とは違い、兼護はかしこまって恥ずかしげに義久に近寄る。

 「な、何か?」

 「兼護は鷹狩りが好きか?」

 「はい、好きですが」

 「後で一緒に狩をしよう。城門に馬を引いて待っておれ」

 「は、はい!」

 笑顔で退出する兼護を見送る母親・御南の顔は、今にも泣きそうだった。

 門に馬を引く・・・それは家来がやる事。兼護は自分で島津家の家来と言ったようなものなのだ。

 「良い子じゃ、稀(まれ)に見る良い子。将来が楽しみじゃ、まことに」

 「はい、いずれは島津家の為に働いてくれるでしょう」

 上井覚兼はわざと御南に聞えるように言った。

 そのまま義久と覚兼は廊下を過ぎ去る。後に残った御南はただ、泣き崩れた。





 後日、肝付家に忠誠を尽くした豪族・伊地知重興も島津家に二度目の降伏をした。降伏の理由は、居城の小浜城を島津歳久に奪われた為とあるが、彼は既に戦う気力を失っていたのである。

 主家が降伏した事により、大隈の加治木城城主・安楽兼寛(あんらくかねひろ)も、一年三ヶ月の籠城を終えて降伏。

 島津家はここに、大隈の併呑を完了した。





 薩摩・深夜

 夜道を侍が歩いていた。腰には太刀を帯び、体格は大きく、顔も厳つい。

 いかにも強そうな彼が一人で薩摩の夜道を堂々と歩いていた時。

 「待て」

 「あん?」

 振り返ると、一人の黒服の男が立っていた。腰には太刀が一刀。

 「誰だ?てめぇ」

 「瀬戸口藤兵衛(せとぐちとうべえ)」

 「知らんな、で?俺に何の用だ」

 「太刀を抜け。果し合いだ」

 果し合い=決闘=殺生。

 「おいおい冗談はやめとけ。俺ぁ強いぜ、シャレじゃなくて」

 「・・・太刀を抜け」

 咥えていた楊枝(ようじ)を吐き捨て、見る見る目が凶悪になる厳つい男。

 余談だが、楊枝は平安時代から日本に到来、仏家を通じて一般に用いられるようになった。

 「まあいいか、こっちも博打(ばくち)で気が立っているところだったのだ」

 スラリと太刀を引き抜き、瀬戸口ににじり寄る。

 野武士が十分に間合いに入った事を確認すると、瀬戸口も太刀を引き抜いた。だが、遅い。

 太刀を引き抜いて構える前に、野武士は太刀を振り上げていた。

 「死ね!!」

 瞬間、形容し難い音が響いた。肉を斬り、骨を断ち割った様な、実に嫌な音が。

 翌朝

 薩摩の街道の真ん中に、野武士の見るも無残な死体が転がっていた。

 頭を斧か何かで割られた様なその死体に、皆一目散に通り過ぎた。





 それから一人、また一人と、刀を持った侍の死体が毎日見つかった。

 この事件の解決に、島津家筆頭家老・伊集院忠倉が呼ばれた。

 「忠倉、最近は物騒になったな」

 「は、はい」

 「呼ばれた訳は、分かっていると思うが」

 「も、勿論です。ここ二週間にわたる人斬りの事ですね」

 忠倉は恐々と義久の眼を見た。

 義久の眼は見る者に別々の感情を抱かせる。

 恐怖、喜び、親近感・・・。

 だが、どんな感情を覚えた者でも、義久に対して共通する感情。

 それは服従感。

 子供が親に逆らえない様に、義久の眼には万人を屈服させる気迫と覇気が宿っているのである。この眼力を祖父・日新斎(忠良)が認め、義久を「三州の総大将としての材徳自ら備わる」と絶賛した。

 家臣・国人衆・豪族達は良くも悪くも、義久に心酔している。

 伊集院忠倉は、その眼を直視出来なかった。見入られれば「否」とは言えなくなってしまうからである。

 「ああ、聞く所によると、決まって深夜。しかも刀や槍を持った侍が狙われているようじゃのう」

 「はい。しかも全員顔を覆いたくなるような有様で、頭か胴を両断されております」

 「人の体を斬るのは以外に難しい。まして骨まで切断するとなると、これは並みの者ではない」

 「その通りです。しかも遺体を調べた所、全員一太刀で斬られております」

 一太刀(ひとたち)、つまり一撃で殺されたという事である。

 「ぬぅ〜」

 その事実に、義久は唸り声を上げた。

 「忠倉」

 「はっ」

 「義弘には言うなよ」

 「・・・え?」

 意味が分からずポカンとする忠倉を無視して、義久は真剣に悩んでいる。

 やがて部屋を出た忠倉は、さっきの言葉に疑問を持っていた。

 「なぜ義弘様が出てくるのじゃ?」

 考えながら忠倉は突然、突き当たりで上井覚兼に呼び止められた。

 「忠倉殿」

 「ん?あ、これは覚兼殿。何か?」

 「最近の人斬り事件。実に物騒ですな」

 「ええ、まあ」

 忠倉はこの男が苦手である。顔が暗いし、不気味な笑いは寝ている時でも忘れない。

 「しかもその犯人は、大した剣客だそうじゃないですか」

 「一太刀で骨まで切断して人間を殺すのです。並みの使い手ではありませんな」

 「うんうん。一体どんな奴なんでしょうな。男、女、老人・・・」

 「覚兼殿。冗談は困る。女があんな事を出来るものか」

 「はて?私はあんな事を出来る女子を一人知っていますが?」

 「え?」

 「忠倉殿もご存知の」

 必死に記憶を呼び覚ます忠倉。その時、一人の女性の姿が浮んだ。

 「・・・宰相殿(さいしょうどの)」

 「左様(さよう)。宰相殿もとい、実窓院様」

 実窓院は義弘の妻で、皆からは宰相殿と呼ばれている。

 「ぷ、くく」

 「ははははは!」

 二人は思わず笑い出した。

 「確かに、確かに。宰相殿なら人斬りなど御手の物ですな」

 薙刀の達人である実窓院は、噂では木崎原の合戦で敵兵を一刀両断にしたなど、義弘に劣らぬ武勇伝を持つ。

 「いや〜ははは、覚兼殿。実に面白い冗談、久し振りに大笑いしてしまった」

 その言葉に、急に真顔になる覚兼。

 「冗談か・・・。妻が人斬りと知れば、義弘様はさぞご心痛であろうな〜」

 「はは・・・は」

 「殺害現場はどこも、義弘様の日向方面であるしな〜」

 「・・・・・」

 「では、私はこれで」

 言って、覚兼はゆっくりと廊下を曲がり、姿を消した。

 「ま、さ、か」

 一人残された忠倉は、大急ぎで仲が良い平田光宗宅に向かった。

 「平田殿!平田殿!」

 「ど、どうされた伊集院殿」

 普段は冷静な平田も、友人の伊集院のただならぬ様子に驚いた。

 「さ、宰相殿が」

 「宰相殿、義弘様のご正室がどうかされたのか?」

 「と、とにかく一緒に来てくれ」

 「はっ?」

 外に出た平田は更に驚いた。

 伊集院忠倉の身内・伊集院久春を筆頭に、武装した伊集院氏の兵が三十人ほどいたのである。

 「これはあくまで極秘の事。平田殿も他言無用ですぞ」

 念を押すと忠倉は馬に乗り、分けが分からない平田も馬に乗って伊集院の軍勢の後に続いた。

 続



 第二十七章 完


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