戦国島津伝
第三十二章 『家久旅道中〜十人十色〜』
家久達が京に滞在して一週間。
皆それぞれ自由に都を満喫していた。
島津家久は織田家の家臣や名の知れた知識人と会い。
東郷重位は善吉和尚という剣術使いに修行を頼み。
北郷時久はブラブラと芸者町を渡り歩き。
法庵と又七郎は宿で留守番をする。
それが彼らの都での生活スタイルになっていた。
「ねぇ、ねぇ。あんたの名前は?」
腰を痛めて宿で休んでいる法庵を置いて街に出てきた又七郎は、古びた寺の近くで同年代くらいの少女にそう言われた。
「はっ?」
「はっ、じゃないでしょ。名前だよ。な、ま、え」
「・・・島津又七朗忠豊」
「へぇ〜名字があるの。じゃあ、あんたの家ってお武家?」
「うん」
「嘘だー、だってあんた偉そうに見えないもん」
「そ、そんなことはない!」
「ふーん」
しげしげと又七郎を見る少女は、まるで心の中を射抜くような綺麗な瞳を持っていた。
その瞳を見つめていると、なぜか又七郎は顔が熱くなるのを感じた。
「あ、そうそう、あたしの名前は姜(きょう)っていうの」
「そ、そう」
言葉はがさつだが、姜は短い髪にかわいらしい顔立ちをし、又七郎より一つか二つ年上に見える。何か話をした方が良いのか、と考える又七郎だったが、あえて聞きたいことも思い付かず、気付けば手頃な石に腰を掛け、これからどこに行こうかなどと考え始めていた。
宿では法庵の他は誰もおらず、法庵自身も腰を痛めて、又七郎の遊び相手にはならない。最初の六日間は大人しく宿で留守番をしていた又七郎だが、五歳の少年にとって暇は苦痛でしかない。そして、遂に一週間目の今日、法庵を置いて宿を飛び出してしまったのだ。
そんな又七郎が寂しそうに眼を伏せていると。
バシィ!
「痛!」
「ちょっとあんた、暗いよ!」
いきなり背中に姜の平手が入った。
「何でそんな暗い顔しているの」
「別に」
「ははーん、あんた一人ぼっちなの?」
「な、何でそんな事!」
「分かるって。あたしも一人ぼっちだからね」
「え?」
姜は微笑みながら又七郎の隣の石に腰掛けた。
「ふふ〜ん♪」
鼻歌を歌いながら空を見る。表情は笑っているが、姜はどこか悲しそうだった。
「私は、一人ぼっちじゃない」
「分かってるよ。だけどさっきまでは一人ぼっちだったよね」
「・・・・」
「ねぇねぇ、せっかくだから一緒に遊ぼう」
「何して?」
「かくれんぼ」
「・・・それは君に有利だよ。私はこの辺を知らない」
「だ、か、ら、面白いの!」
そう言ってさっさと森の中に隠れてしまった。
「あ・・・」
仕方なく又七郎は、茂みを見たり森の中に入ったりしていたが、やがて。
「・・・・それじゃ」
「ちょっとー!」
くるりと背を向けて帰ろうとする又七郎に木の上から顔を出す姜。
「あんた諦め早すぎ!」
「別に、大丈夫かなと思って」
「そんな訳あるか!」
又七郎と姜が古寺で楽しく(?)遊んでいた頃。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!
「うおおおぉぉ!」
山の中では虚無僧相手に剣を振るう東郷重位の姿があった。
この東郷の相手をしている虚無僧こそ、東郷が京に来たら絶対に会いたいと思っていた剣の達人・善吉和尚である。
東郷はこの男の居所を執念で見つけ出し、修行を頼んだのだ。
「ほれほれ、まだまだ若いのぅ〜」
東郷の熱の入った剣撃を苦もなく避けていく善吉。
そもそも虚無僧(こむそう)とは、1400年頃から登場しだした有髪の僧で、深編笠を被り、絹布の小袖に丸ぐけの帯を締め、首に袈娑を掛けている。そして刀を持ち、尺八を吹いて諸国を行脚する者のことをそう呼んだ。
「く、かああぁぁぁ!」
ブォン!ヒュ、ヒュン!
「ほ、ほ、ほ」
顔は見えないが声は聞える、自分を見下して笑っている声が!
まだ十四歳の東郷には、攻撃を避けられ、笑われる事が屈辱でならなかった。
「・・・ふん」
バキィ!
木刀の一撃が東郷を襲った。
「が、は」
「小生の一撃、どうじゃ?」
※小生(しょうせい)・男子が自分を指して使う言葉の一つ
「ぜ、全然効きませぬな!」
「ふむ、強情な小僧よ」
東郷の修行はこれから毎日、家久が京を出るまで続く事になる。
京・芸者町
賑やかな芸者町を一人闊歩する大男・北郷時久。
「あ〜、せっかくの京だってのに、おもしろい事が一つもねぇ〜」
ズカズカと歩く北郷は一つの店に目を留めた。
「飯屋か・・・そういえば腹減ったな」
大きな二階建ての飯屋、金を払えば女も呼べる。
ガララ
「ごめんよ」
「はいお一人様ですか?」
「ああ」
「ではこちらにご案内〜」
北郷は気の良さそうな番頭に、二階の客室へと案内された。
だが、すれ違う客、飯を運ぶ女中、そして案内している番頭すらもチラチラと北郷の体格に驚きと恐怖の眼を向けている。
(北郷の身長は2m近い)。
「ちっ」
多少気分を害しながらも、北郷は二階の客室で飯を食いだした。
「・・・・」
二階から外を見ていると、五人組の男達が偉そうに歩いていた。
「ありゃ、傾き者だな」
当時、型破りな無法者の事を傾き者と人は呼んだ。
見れば全員乱雑な格好をし、赤や派手な色合いの着物を着ていたり、羽織ったりしている。
しかし、北郷は偶然その中の一人と眼が合ってしまった。
更に癖で睨みつけてしまったからマズイ。
「あ〜、まずい、あいつら来るな」
気を悪くしたのか、予想通り男達は店の中に入って来た。
ドタドタと階段を上がる音を聞きながら、北郷は一人、黙々と飯を食い続けた。
「武田家が徳川家と戦をしている?」
「はい、武田は徳川の堅城高天神を包囲、間も無く陥落する模様です」
島津家久と長寿院盛淳は、街道を歩きながら話をしていた。
長寿院の言っている高天神城は、徳川家の領土である尾張の重要拠点。
そこを今は亡き武田信玄の息子・武田勝頼が攻めているのだ。
「徳川は織田の同盟相手、信長は兵を出すのであろうな・・・」
「恐らく」
「高天神を制する者は三河を制すると聞く、兵を出さねば徳川と織田の同盟関係は壊れる可能性もある」
二人は近くの飯屋から聞える騒音に多少気を悪くしながらも、そのまま歩いて通り過ぎた。
古寺
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
汗だくになって又七郎を探す姜だが、なぜだか一向に見つからない。
「あいつ隠れるの、上手すぎ」
こんな事なら、かくれんぼの鬼を変わるんじゃなかった。
「あーもう!あたしの負け、負けだから出て来い!」
ガサ!
「ふー」
「え!!」
又七郎はそこら辺の茂みから出て来た。
「あ、あんたずっとそこに居たの?」
「ん?そうだよ」
あ然。ただあ然。
「それじゃ、もう帰るね」
「あ、おいあんた」
「何?」
「明日も・・・明日もここに来るか?」
「多分」
「そうか。じゃあ、あたし明日もここに来るから」
そう言って姜はさっそうと寺の石段を駆け下り、片手を振ってどこかに帰っていった。
「また明日!」
なぜ見ず知らずの少女が自分と一緒に遊んでくれたのか、又七郎は分からなかった。そもそも一体何者だったのか?
一人残された又七郎は、少女の後姿を見ながら、明日も来ようかなと、心の中で思うのだった。
余談
「北郷殿・・・手に血の跡が付いておるぞ」
「あ?ああ、ちょっと不良に絡まれまして」
「大丈夫だったのか?」
家久のその言葉に、東郷、法庵、又七郎は呆れた眼を一斉に向けた。
「ええ、大丈夫でしたぜ。かははは」
その日の夜、五人組の男の水死体が見つかったとか見つからなかったとか・・・。
第三十二章 完
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