戦国島津伝




 第四十三章 『暗殺』

 相良氏攻略、失敗。

 島津軍は主将を島津義虎、副将を新納忠元として五千の軍勢を出陣させた。

 だが、相良氏が有する最後の要塞・水俣城を陥落させる事は出来なかった。

 「水俣城には岡本頼氏、犬童頼安、佐牟田長堅など、相良軍を代表する武将が奮戦した模様です」

 その報告を、義久は書状を読みながら聞いた。

 「では、我らは奮戦しなかったのか?」

 義久の目の前に座る伊集院忠棟は、もう顔中に冷や汗を流していた。父親の忠倉から筆頭家老の地位を受け継いで以来、こうして主君の義久に報告をする機会が増えたのは誇らしい。しかし、機嫌が悪い時の義久への報告は、いつも心臓が凍る思いだった。

 「い、いえそんな事は。我々も全力で戦ったのですが、後一歩及ばず」

 「はぁ・・・覚兼を呼べ」





 部屋に入ってきた覚兼は、歳のせいで更に顔が暗くなったように見える。

 「お呼びですか、殿」

 「義虎と忠元が負けた。何か策はないか」

 「やれやれ、いきなり呼ばれて策を出せとは。人使いが荒い事で」

 「ふん」

 義久は最近機嫌が悪い。覚兼は素直に策を言う事にした。

 「相良は永年我らとの抗争で疲弊しており、その力はすでに無きに等しい。それでも奴らが持ちこたえているのは、犬童頼安、岡本頼氏、佐牟田長堅らが死力を尽くして頑張っているからこそ」

 「そんな事は、言われんでも分かる」

 「逆に言えば、この三人の誰かが欠ければ、相良は崩壊する」

 ピクッと、義久の眉が動いた。覚兼は眼を細め、淡々と語る。

 「・・・気に食わん」

 「私はこれで」

 腰を上げ、部屋を出て行く覚兼。義久は眉間にシワを寄せたまま、長寿院を読んだ。





 水俣城

 島津軍を撃退したこの城は、今や相良家にとって最後の砦。

 この城を預かる犬童頼安、岡本頼氏、佐牟田長堅はちょっとした宴を楽しんでいた。

 「きわどい勝負だったが、何とか島津軍を撃退できた。これも岡本殿、佐牟田殿のおかげじゃ」

 「何の、犬童殿の日頃の努力が身を結んだのよ」

 「いや〜今日の酒は事のほか美味いのぅ〜」

 一際大きな体をしているのが、佐牟田長堅。相良氏全盛時代は、その名で近隣の豪族達から恐れられた猛者である。

 その彼を、天井から見つめる眼・・・。





 「頼氏」

 宴の最中、佐牟田が岡本に酒を注ぎながら言った。

 「何ですか?」

 「島津軍との戦闘、見事だった。特にそなたの槍さばき、思わず息を飲んだ。是非、そなたの槍を間近で見せてはくれんか」

 岡本頼氏は槍の名手。その武勇は相良家でも有名だった。

 「ああ、あの黒槍ですか。しばらくお待ちを」





 席を立った岡本は、しばらくして一本の見事な槍を持ってきた。

 「これが、俺の自慢の一本です」

 「ほほぅ、これは見事、実に・・・見事!」

 いきなり天井に槍を突き刺す佐牟田。

 「やったか、佐牟田殿!」

 刀の柄に手をかけながら、犬童が立ち上がった。

 「いや、外した」

 素早く槍を引き抜き、表に飛び出す佐牟田と岡本。

 「追うぞ、頼氏」

 「し、しかし。何者でしょう」

 「ふん。おおかた島津からの暗殺者であろう。見逃してもいいが、我が相良の領内に入った者がどうなるか、奴らに思い知らせてやる」

 馬にも乗らず、全速力で刺客を追う佐牟田。その後を、岡本は息を切らしながら追いかけた。





 いつの間にか、森の奥に入ってしまった佐牟田だが、片手にはしっかりと槍が握られている。

 「おい、出て来いよ。どうせ、俺をここに誘き寄せたかったのだろう?」

 深い林の中から、一人の黒い服を着た男が出てきた。

 「島津の間者だな。名前は聞かない、ここで死んでもらうぞ」

 鬼の形相で佐牟田は槍を構える。

 その時、黒い間者が口を開いた。

 「一応聞いてくれよ。俺はこれでも武士だ」

 「ほう、流れ者の外道かと思ったが、闇討ちが趣味の腐れ武士か」

 「戦場で手柄を立てるだけが、武士ではないぞ。長寿院盛淳だ」

 「それは、それは。では俺は佐牟田長堅、改めて・・・死んでもらうぞ」

 「構わんさ、今頃岡本が死んでいるはず、俺の任務は達成された」

 「何!頼氏が!」

 「犬童、佐牟田、岡本、三人の内誰か一人を殺す。それが俺の任務」

 「・・・・・なら、こんな所でウダウダ話している暇はないな」

 言うが早いか、佐牟田は一気に間合いを詰めて長寿院を突き刺す。

 「ぐっ」

 ドサッ

 間者の死体を確認すると、佐牟田は元来た道を引き返した。





 佐牟田が森を走っていると、一人の人物が向こうから走ってきた。

 「佐牟田殿!」

 「おおう、頼氏!無事だったか!」

 「途中、間者数人に襲われましたが、何とか全員やっつけました」

 「殺したのか?」

 「一人殺し、残りの三人は何とか縛り上げました」

 「ほう、さすがだな」

 「ところで佐牟田殿。長寿院は?」

 「ん?ああ、何とか突き殺した。馬鹿な奴だ、俺とお前の実力を侮りやがって」

 「ははは、まったくですな」

 佐牟田は岡本に背を向け、歩き出した。

 ふぅ〜、冷や冷やしたぜ。でもさすがは頼氏。間者四人を叩き伏せるとは。

 だがあの男・・・長寿院とか言ったか、島津も恐ろしい男を飼っているものだ。





 ・・・・・あれ?

 何で、頼氏は俺を襲った奴が長寿院だって知ってるんだ?

 「あ」

 しまった。

 「さよなら、佐牟田長堅」

 見ると、自分の腹部に刀が突き刺さっている。

 「あ、あ」

 「岡本殿が間者を叩き伏せたのは本当です。誰一人、捕まえられませんでしたけど」

 一気に刀を引き抜き、そのまま佐牟田の首は間者・長寿院盛淳によって打ち捨てられた。





 内城

 「それで、止めを刺したのか?」

 「はい、間違いなく」

 「何人失った」

 「一人が死亡。四人が軽傷です」

 その報告に、島津義久は顔を上げた。

 「一人、死んだか」

 「気に病む事はありません。名も無き兵です」

 「・・・相良は終わりだな」

 「はい。後は、義久様のがんばりで」

 それだけ言うと、長寿院盛淳は音も無く庭から消えた。





 武の要・佐牟田長堅を失ったことで、相良軍はいよいよ島津軍からの圧力に耐え切れなくなっていく。



 第四十三賞 完


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