戦国島津伝
第四十八章 『君主の休息』
義久は枕元で遊ぶ物音で眼を覚ました。
うっすらと眼を開けると、自分の寝床に娘の亀寿が走り回っていた。今年で十一歳の少女。どこか、母親のときに似ている。
義久が眼を覚ましたことに気付いた亀寿は、布団に乗っかってきた。
「お父様!」
うるさいな〜と思いながら、義久はあえて好きなようにさせた。
今日は体がだるい、起きたくないのだ。
「お父様!亀寿は暇です。暇で暇で、このままじゃ死んでしまいます〜」
つまり遊びに行かせろと言う訳か。困った姫だ。
「ときが良いと言えば、言っても良いぞ」
「本当!!」
慌しく寝床を飛び出すと、亀寿は走り去っていった。
亀寿の他に、ときは二人の娘を産んだ。家臣達が望んだ、跡継ぎは産むことは出来なかった。だが、それならそれで良い。女の子でも男の子でも、子供は家宝だ。
初めて妻と会ったときも、わしはそう言った気がする。
1551年・・・31年前
義久は自宅でソワソワと歩き回っていた。今日は南国の種子島から自分の嫁が来るのだ。まだ十五歳であるらしい。
「兄者、少しは落ち着かぬか」
髭も生えていない十六歳の義弘が兄をからかう。
「う、うむ。そうだな。落ち着こう」
どっかりと床に座る義久だが、膝が小刻みに震えている。
義久は十四歳の弟・歳久を見てニヤリと笑い合う。
「はっはっはっ、これではまるで兄者が嫁に行くみたいだ」
「なっ、何だと貴様!!」
義久は義弘に掴みかかりそうになるが、父親の貴久に止められた。
「やめよ、義久。そろそろ花嫁が到着する時間だ、港に行くぞ」
「は・・・はい」
急に元気がなくなる義久。その姿があまりに滑稽だったので、義弘には城を出るまで笑われた。
(お前の祝儀の時も笑ってやる!)
そう誓う義久だった。
南国の種子島を支配する種子島氏と島津氏は親密な同盟関係だ。その関係を更に強くするため、種子島時堯は娘のときを島津貴久の息子・義久に嫁がせることを決めた。
晴天の青空の下、義久は花嫁を乗せた船をじっと見た。
一体どんな人だろうか。
ゆっくりと港に接岸し、船から大勢の人が降りてきた。皆、種子島氏の家臣や親戚だ。
その中に、一人の少女がいた。小さく、可愛らしい少女だ。
義久は瞬時に理解した。この娘が、自分の妻になる人。
「これは貴久殿自らのお出迎えとは、いたみいる」
「何を言うか時堯殿。こんな大事な日は二度とないのだぞ」
「確かに、はっはっはっ」
「ふはははは」
二人の父親の言葉など耳に入らない。義久は少女を見つめ続けた。
少女は義久の顔を見ると、赤くなって下を向いた。
若い夫婦が出会った瞬間だった。
急に布団に圧力がかかり、義久は再び目を覚ました。
「お父様!お父様も行きましょう!」
「ん?とき?」
「えっ?」
ゴシゴシと眼をこする義久は、やっと自分の布団に乗っている人物が誰であるか理解した。
「お前か、亀寿」
「お母様が、お父様も一緒に行こうって」
「そうか」
起き上がり、庭を見る。あの頃と変わっていない、静かな庭だ。
ボ〜とする頭の中で、まだ新婚ホヤホヤの時に妻と遊んだ記憶が蘇る。
「殿〜、殿〜」
「何だ、とき。うるさいぞ」
「見てください。鳥ですよ」
可愛らしく庭の木の枝を指差すとき。
「ああ、そうだな。うるさいから静かにしてくれ」
ピシャリと襖を閉じて勉学に集中する若き義久。
「・・・ぶ〜」
ときはしばらく考え、何を思ったか襖を蹴って部屋の中に突進してきた。
「なっ!?」
「浮気者〜〜!!」
「な、何を言ってるんだ!」
「殿の浮気者〜、私より本の方が大事なんだ〜」
「とき・・・お前は馬鹿か?」
「う〜、ふえ〜〜ん」
当たり前のことを言ったら泣き出すとき。ほとほと義久は困り果てた。
「・・・分からん」
泣いていたときが、急に顔を上げた。
「殿!」
「何だ」
「私、子供を産みます!」
「うっ」
あまりに真剣な眼に、戸惑う義久。
「子供を産めば、殿も本を見る暇はないでしょう!それで早速ですが、最初は男の子と女の子、どちらが欲しいですか?」
普通の武士なら当然男の子を選ぶだろうが、義久は優しく微笑みながら
「どちらでも良い。子供は家にとって家宝だ。元気な子を産んでくれよ、とき」
「はい!お任せください」
時が過ぎるのは実に早い。両手を見つめながら、義久はそう思った。
後いくらの時間を、家族と共に歩めるのだろう・・・。
第四十八章 完
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