戦国島津伝




 第五十七章 『決死』

 天正十四年(1586年)

 島津忠長率いる西回り北伐軍は、筑後に駐屯し兵力を強化。

 数え切れない豪族や小大名を従え、その数は五万にまで達した。





 七月

 岩屋城に立て篭もる高橋紹運は女子供と老人を宝満城に避難させた。

 宝満城は四天王寺山(414メートル)の頂上にある山城で、岩屋城はその中腹に位置する。

 「食料、武器、弾薬の準備は整いましたが、兵が少なすぎます!これでは・・・」

 「何人の兵がいる?」

 「およそ八百。岩屋、宝満、立花の兵を合わせても四千弱です」

 「四天王寺山各所に兵を配備し、防御を固めろ。また、新たに十カ所に防陣を築け」

 「この城で迎え撃つのですか?宝満城のほうが防衛には適しています」

 その言葉に、高橋は口元だけで笑った。

 「宝満は要害ではあるが、人の和がなければどんな城でも永く支えることは出来ない。運あれば、この城でも敵を退けることが出来る・・・どうせ戦うなら、長年過ごしたこの城で戦いたい」

 「殿・・・」

 高橋は戦場で死んだ友の顔を思い浮かべた。

 (道雪殿、もしもそれがしが力尽きたら、許してくれ)





 筑前(福岡県・西部)の立花山城。

 現在の福岡県、新宮町、久山町、東区にまたがる標高367メートルの立花山山頂にあった城である。

 この城には立花宗茂と妻のァ千代が立て篭もっている。

 兵力はおよそ二千。迫り来る島津軍には到底太刀打ちできない。

 それでも、宗茂とァ千代の闘志はメラメラと燃え上がっていた。

 「兵をかき集めるのはもういい!防壁を作り、鉄砲を配備しろ!」

 「女衆、武器の点検を念入りに!敵が来ますよ!」

 ァ千代のその言葉に、夫の宗茂が驚く。

 「おいおい、何を言っている。女子供は山奥に避難させるんだ」

 「戦えない女子供はでしょう。この日のために私は女達に武芸を仕込んでおきました。そこいらの男よりも戦えます!」

 「駄目だ、駄目だ!戦場に女がいると気分がめいる」

 「軟弱な武士が城を守っていても気分がめいります。何と言われても、私は戦います」

 「駄目だ、ァ千代。頼む」

 宗茂は心の底から妻を心配した。だが、ァ千代は聞かない。

 「この城の城主は私です!従いなさい!!」

 確かに、宗茂は立花家の婿養子。立花道雪から正式に城を譲られたのは娘のァ千代なのだ。

 「ぬ〜、ここでそれを出すのか、ァ千代」

 「ええ出しますとも。この城で私はあなたの最期を間近で見るつもりですから、無様な死に方はしないでくださいね」

 そう言うと、ァ千代は立ち去った。

 「あの女〜」

 「まあまあ、殿。奥方様の勇気は並みの男以上です。何を言っても無駄でしょう」

 ははは、と笑う家臣を叱りながら、宗茂は何としても妻だけは守ると固く誓った。





 筑後(福岡県・南部)の高良山(こうらさん)にいた島津忠長は、北伐軍が目指す岩屋城、宝満城、立花山城を攻略する手始めに、裏切った筑紫広門を攻めることにした。

 「広門はどこにいる?」

 「筑前の勝尾城に立て篭もっているそうです」

 「そうか、岩屋城の前面に位置する城だな。それでどうする?」

 「勝尾城に到達するには朝日山城、春日山城、日当山城の出城三つを攻略する必要があります」

 「兵は?」

 「それほど多くはありません。もっとも少ないのは本城の勝尾城です」

 「ん?それだと勝尾城を直接攻撃すれば楽ではないか」

 「あえて兵を少なくしているのです。これを見てください」

 地図を広げる伊集院忠棟。地図には勝尾城と三つの出城が書かれている。

 「これは・・・」

 「三つの出城は、勝尾城を取り囲むように配置されています。恐らく我々が筑後川を渡って勝尾城を攻撃すると、三方の城から一斉に挟撃する作戦でしょう」

 「う〜む。では三つの出城を攻略してから勝尾城か?」

 「はい。時間はかかりますが、それが一番確実な方法です」

 「あまり、時間を無駄にしたくはないのだがな」

 「では小細工(こざいく)無しで力攻めを行いましょう。真っ先にぶつかる朝日山城には新納忠元殿、右側の春日山城には北郷時久殿、左側の日当山城には梅北国兼殿を当てましょう」

 「うむ、万事は忠棟に任せる。しかし、俺の出番は?」

 「忠長殿は総大将です。もちろん本隊を率いて進撃し、各分隊の連絡役を担ってもらいます」

 「連絡役・・・ふ〜む、総大将とは何かと不便だな」

 「それが戦です。本隊の護衛は東郷重位殿にしてもらいましょう」

 「ああ、それが良い。あいつは戦が下手だからな」

 こうして島津軍は七月六日、高良山を下山して筑後川に到達。

 東西二手に分かれた。





 島津軍・中央部隊大将・新納忠元

 「新納様、秋月種実殿が軍を率いて待っているようです」

 「ほう、秋月殿か、これは頼もしい」

 筑後川を渡ってしばらくすると、秋月軍が見えてきた。

 軍の中央にいる男が秋月種実。狡猾(こうかつ)そうな顔をしているが、目つきは悪くない。

 忠元はそう思った。

 「遠路はるばる、ようこそおいでくだされた。これからは共に大友家に当ろうではないか」

 「こちらこそ、秋月殿のような味方がいて心強い。早速だが、我々はこの辺の地理にうとい。道案内を頼みますぞ」

 「任されよ」





 秋月軍の道案内で難なく朝日山城に到着した島津軍は、有無を言わさず攻めかかった。

 自らも槍を振るって城門を突破した忠元は、城内に躍り出ると腹の底から雄叫びを上げ、暴れ回る。

 城の外で島津軍の援護をしていた秋月種実は、その叫びに思わず身震いした。

 「おお、何と凄まじい。さすがは島津家きっての猛者」

 朝日山城は一日で陥落した。





 筑後川を渡り、勝尾城をすり抜けて春日山城に来た北郷時久は、秋月の兵に質問をした。

 「さ〜て、普通に攻めるにはつまらん。おい、お前」

 「は、はい」

 「あの出城の弱点は知らんか?」

 「はて〜私が言えることは、春日山城は山の下にあるということでしょうか」

 「・・・なるほど、確かにあの出城は山下にある城だな」

 しばらく考え、北郷はニヤリと顔をゆがませた。

 「くっくっく」

 次の日、北郷軍は軍勢を山頂に布陣させ、敵が飯を食い始めるのを待った。

 やがて・・・。

 「見ろ、煙だ!城の兵は飯を食っている最中、隙だらけだ。一気に突っ込め!!」

 言うが早いか、北郷は馬に飛び乗って刀を抜き、一目散に山を駆け下りた。





 山頂からの突然の攻撃に、城兵は混乱して潰走。あっけなく城は落ちた。

 「何だ、何だ。全然暴れ足りぬぞ、くそが!」

 北郷軍は付近の村落を焼き払いながら進軍を開始。間も無く島津軍本隊との合流を果たした。





 北郷軍から別れ、日当山に進撃した梅北国兼は堅陣を敷いて城をゆっくりと囲んだ。

 「これでよろしいのですか?梅北様」

 「日当山は他の出城と違って守りが堅い。こうして敵が降伏して来るのが一番だ」

 「はぁ・・・」





 新納軍・北郷軍の収容を完了した島津忠長は、一気に勝尾城を攻め落とす決断を下した。

 「梅北のやり方では時間がかかる。こうなればここにいる軍勢だけで勝尾城を攻め落とそうぞ!」

 もちろん将兵は大賛成だが、忠棟だけは反対した。

 「確かにこの五万の軍があれば、勝尾城など一呑みでしょう。しかし、戦は何が起こるか分からないもの。万全を期すべきです」

 「万事任せるとお前には言ったが、勝つということが分かっているのに兵を動かさないのは俺の主義ではない。兵達にも不満が出てしまう。俺は行くぞ!」

 「・・・総大将はあなたです。決断には従います」

 伊集院忠棟は、忠長の猪突猛進な性格をこの時初めて警戒した。





 一度は秋月と共に島津家に味方した筑紫広門であったが、いまは一人の裏切り者。

 その裏切り者が立て篭もる勝尾城を、島津軍はこれでもかと取り囲んだ。

 「ふふ、城の兵は千人足らず。力攻めで一気に落としてやるぞ!」

 七月七日、島津軍は勝尾城に攻め寄せた。





 防備を固める高橋紹運は、筑紫広門が攻められていると知っても動きを見せなかった。

 広門には悪いが、割り切ってもらうしかない。運が良ければ命は助かるだろう。

 「広門殿はどれほど敵を防ぐでしょうか?」

 「五日防げればたいしたものだが、奴の力量では無理だな。あまり期待はしないことだ」

 勝尾城が陥落すれば、いよいよ島津軍はこの岩屋城に攻め寄せてくる。

 勝敗は関係ない、死力を尽くす!





 勝尾城攻撃は三日間休む暇なく続けられた。

 新納忠元、北郷時久を筆頭に三の丸に殺到する島津軍。

 「進めぃ!広門の首を取れぃ!!」

 城門に取り付き、こじ開けようとする島津軍を、筑紫軍は城から弓と鉄砲を浴びせかける。

 「怯むな、盾を出して防げ!」

 そのとき、城門が少し開いた。

 「開いたぞ、それ進め!」

 なだれ込む島津兵。その中に、川上忠堅という武将がいた。

 「我が名は川上忠堅!三の丸に一番乗りよ!」

 高らかに宣言する川上に、見事な鎧を付けた武者が駆け寄った。

 「何をこしゃくな。勝負、勝負!!」

 「貴様は誰だ、名を名乗れ!」

 「俺は筑紫晴門、いざ参る!」

 「筑紫晴門?おお、広門の弟か、相手にとって不足なし」

 槍を持って争う二人。島津兵も筑紫兵も周囲で戦い、辺りは乱戦となった。





 「新納様、川上隊が三の丸に突入しました」

 「そうか、一気に攻めて城を落とせ!!」

 数的に圧倒的優位の島津軍である。なだれ込んだら筑紫軍はひとたまりも無い。

 「川上様は、敵将の筑紫晴門と乱戦中」

 その報告に、新納は直感的に嫌な予感がした。





 川上と筑紫の一騎打ちはほぼ互角。お互い止めを刺すことが出来ない。

 それでも、二人は一歩も退く気がない。

 「くっ、さすがは筑紫晴門。やるな」

 「川上忠堅・・・いい動きだ」

 晴門はじりじりと距離を縮める。槍の矛先が触れ合う。

 「ぬん!!」

 気合を入れ、槍で突きにかかる晴門。川上はそれを避け、絶妙なタイミングで晴門の横腹を突いた。

 「ぐっ!!」

 「勝った!」

 そう思ったが、晴門は脇差を抜いて槍を切断。そのまま川上の首を切り裂いた。

 「!」





 北郷時久が部隊を率いて駆けつけた時には、川上も筑紫も息絶えていた。

 「・・・相討ち」

 戦国時代末期での相討ちは珍しい。北郷は馬を降りて筑紫晴門の遺骸を筑紫軍に帰してから、改めて攻撃を再開した。せめてもの情けである。





 七月九日

 勝尾城は陥落。大将の筑紫広門は島津軍に捕らわれた。

 「もはやここまで、どうとでもしろ」

 縄で縛られた広門を睨みながら、忠長は口を開きかけた。

 「この者を」

 「お待ちください!」

 進み出たのは、秋月種実だった。

 「秋月殿、何か?」

 「広門殿と俺は旧知の仲、どうか命だけはご勘弁願いたい」

 「しかし」

 「この者は確かに島津家や俺を裏切った。だが、こいつには昔から恩がある。どうか武士の情け、頼む」

 同盟者である秋月に頭を下げられれば、忠長もあえて広門を殺そうとは言えなかった。

 「分かった、では広門はしばらく大善寺に預ける。それで良いですな」

 「恩に着る、島津殿」

 秋月はもう一度頭を下げたが、筑紫広門はずっと黙ったままだった。





 筑紫広門敗北により、島津軍はいよいよ本格的に北上を開始する。

 目指すは岩屋城・宝満城・立花山城である。

 「忠棟、次はどのように進撃しようか」

 島津忠長の良い所は、とりあえず同僚の意見を求めるところだ。ただそれを採用するかは別である。

 「大宰府の高尾山を目指しましょう。そこに本陣を置いて岩屋、宝満の両城を取り囲むのです」

 「なるほど、四天王寺山全体を囲んでしまうんだな?」

 「二つの城の兵は二千にも足らぬ小勢。しかし岩屋城を守っているのは高橋紹運です。出来れば彼とは戦わない方が良いでしょう」

 「何故だ!?」

 「彼は戦を知っている名将。城を取り囲んで兵糧攻めが妥当です」

 「ふん、いかに名将でも、この大軍の前には無力よ」

 「しかし・・・」

 「まあいい、とにかく太宰府の高尾山を目指して進軍開始!本格的な軍議はその後決める!」

 席を立ち、さっさと行ってしまう忠長を見ながら、忠棟は溜息を一つ吐いた。





 高橋は岩屋城で、居並ぶ武将達と顔を合わせた。

 「呼んだのは他でもない。間も無く島津軍が来る」

 武将達は皆、押し黙っている。

 「兵力は五万。この岩屋と宝満の兵を合わせてもまだ足りぬ。とても勝ち目は無い。だから今のうちに言っておく・・・この城を出たいものは、出ろ」

 武将達はピクリとも動かない。みんな神妙に高橋を見ている。

 「それがしに従っていれば、間違いなく死ぬであろう。恨みはせぬ、城を抜けよ」

 誰一人、その場を動かない。それどころか、彼らの体からは闘志がみなぎっている。

 「・・・・それで良いのか、お前達」

 一人の武将が、進み出た。

 「殿、これが我ら全員の答えです」

 その言葉に、高橋は居並ぶ武将達を見回し、ただ一回だけ頷いた。



 第五十七章 完


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