戦国島津伝




 第八十三章 『庄内の乱』

 薩摩国 庄内

 「父上が殺害された!」

 「はい、さる3月9日の昼頃、山城伏見の屋敷にて島津忠恒様に討たれました」

 「た、忠恒様に……おい、それはまことか!」

 「まことでございます。既に忠恒様は伏見の神護寺に蟄居(ちっきょ)され、沙汰を待っております」

 「信じられん……なぜ、なぜ忠恒様が父上を……」

 伊集院忠棟の息子・忠真は膝を付いた。彼にとっては父親を殺されたことより、殺した相手が忠恒である方がショックだった。

 (幼い頃から共に育ち、学んだ仲だったのに……。何故ですか、忠恒様!)

 消沈する兄とは違い、弟の三郎五郎は憤慨して立ち上がった。

 「とにかく、我らの父は島津に殺された!これは明確な宣戦布告とみなすのが当然であろう。戦の準備をせよ!」

 家臣達に動揺が走る。確かに伊集院忠棟は島津家の次期当主である島津忠恒に殺された。だがこれは、忠恒個人の問題であって島津家全体の意向ではないのではないか。

 家臣の白石永仙が口を開く。

 「お待ちください。いま下手に動くと、取り返しの付かないことになります。ここは上方(豊臣家)と殿(島津龍伯)の出方を待つのが上策と」

 「何を悠長なことを言っている!モタモタしていると、この城はあっという間に敵軍に囲まれるぞ!」

 「気をお静めくだされ。家中は混乱しております、ここで我らが兵を挙げれば、君主に背いた逆臣と言われますぞ」

 「その君主の一族に、我が父は討たれたのだ!」

 庄内の伊集院家は終日議論が続き、結局加害者である島津忠恒の処分を待つことになった。





 その日の夜。

 伊集院忠真は重い足取りで寝室に入った。そこには、顔面を蒼白させている妻の御下(おした)がいた。

 「殿……」

 「何も言うな」

 御下は島津義弘の次女で、島津忠恒の妹である。かつては千鶴と呼ばれ、皆から愛された存在。その彼女からすれば、今回の兄が起こした事件は信じられないのだろう。

 忠真はまだ15歳の可憐な妻の背中を擦り、労わる。それでも、彼女の震えは止まらない。

 「お話、したいことが、あります」

 「うむ、わかっている。だが明日にしてくれ、今日は疲れた」

 布団に入ろうとする夫の袖を、御下は意外に力強く引っ張った。

 「お願いです。今すぐ!」

 「お前……」

 御下は懐から、書状を取り出した。

 「それは、何だ?」

 「私の兄……忠恒から、内密に、貰った物です」

 「忠恒様から!?」

 書状を見ると、忠真は眼を見開いた。そこには、まるで呪詛の如く自分を殺せと書かれていた。

 『伊集院忠真を殺せ』、『殺せ』、『今すぐ殺せ』、『お前の夫を殺せ』。

 何度も何度も、『殺せ』の文字が紙を躍る。途中からは文字を何重にも上書きしたのか、真っ黒になっていた。

 「これは……いつ頃に」

 「お許しください。もう、何日も前から、同じ書状を貰っておりました。最初は、兄の性質の悪いイタズラと思っていたのですが、だんだん、怖くなって……そしたら今日、お義父様(伊集院忠棟)が殺されたと聞いて……私、私」

 恐怖。

 今まで経験したことのない、恐怖だけが、忠真を支配した。

 「どのようにして、この書状を?」

 御下は何も答えない。ただ震えているだけ。

 「どうしたのだ?教えてくれ、こんな書状をお前に渡していたのは、誰だ?」

 「……どうか、お許しを」

 涙を流し、体を震わせ、うつむく妻に、忠真はそれ以上何も言えなくなった。





 翌朝

 忠真の屋敷の下女が一人行方不明になった。妻に聞いたら、その下女こそが自分に兄の手紙を渡していた者だという。

 (妻が白状したと察知して逃げたか……だがどうやって?)

 考えながら部屋を見渡したとき、ゾッとした。

 (まさか、部屋のどこかに居たのか……。妻が昨晩かたくなに名前を言わなかったのは、女が部屋に潜んでいると感じて……)

 同時に忠真は、忠恒が本気であると覚悟した。本気で、自分を殺す気だと。





 家老の伊集院忠棟を殺害した島津忠恒を、豊臣家の石田三成が批判した。三成と忠棟は親交が深く、ともに盟友の間柄だったのだ。しかし、関東の徳川家康が忠恒を弁護したことで、世論は忠恒側に傾き、彼は罪を許された。

 この処分を不服としたのが、残された伊集院一族とその家臣達。彼らは領地の庄内に立て籠もり、主君の島津家に対して反旗を翻した。

 世に言う『庄内の乱』である。





 島津龍伯(義久)は驚愕し、すぐに伏見から忠恒を呼び戻した。

 「忠恒!此度の責任、どうするつもりじゃ!」

 「大殿にご迷惑が及んだこと、はなはだ申し訳ありません。此度の一件は、全てこの忠恒の責任。こうなれば自ら軍勢を率い、一刻も早く伊集院を鎮圧してみせます」

 「お前に……出来ると申すか?」

 「できまする。なにとぞ、ご助力を!」

 「…………」

 いかに愚かな若者でも、可愛い娘の婿。龍伯は自分の名代として忠恒に伊集院討伐を命じた。





 慶長4年(1599年)6月23日

 島津忠恒は新納忠元、樺山久高、伊集院久治、島津豊久を率いて庄内に向かった。

 一方、迎え撃つ伊集院軍は理不尽な忠棟殺害に奮起し、『庄内12外城』と呼ばれる本拠地の都城を中心とした12個の城に籠もって徹底抗戦を開始した。





 老練な指揮官・新納忠元は12外城の一つを難なく攻略し、幸先の良いスタートを飾ったが、伊集院軍の抵抗は激しく、それ以降は苦戦を強いられた。

 特に伊集院軍は土地を知っているため、様々な場所で奇襲を仕掛けた。

 忠恒は押しても進めぬ状況に次第にイライラしてきた。その怒りはまず、忠真のスパイとして潜入させていた下女に向いた。

 (なぜさっさと寝首を掻かなかった。わざわざ於下が全て話したと報告する暇があったら、なぜ於下の首でも持ってこない)

 忠恒は感情を表に出さない。だから周囲の者達には忠恒がじっと前方を見ているふうにしか見えない。それでも、察しの良い者は忠恒が力一杯自分の腕を掴んでいることに気付いただろう。





 9月10日

 忠恒は忠元を呼んだ。

 「お呼びですか若殿」

 「忠元、はや3ヶ月が過ぎた。いつまで周囲の小城に気を取られている」

 「お言葉ですが、伊集院の軍勢は意気盛ん、更に小城といえどもそれぞれの城が連携していますので、これはなかなか手強いかと」

 「そうか……歴戦の将軍も若い忠真には負けるか」

 忠元は何も答えない。ただ静かに眼を閉じているだけ。

 「徳川家康が九州の軍勢を動員させようかと言ってきている」

 「家康様が九州の軍勢を?」

 「あの狸、この機会に自らの権力の高さを内外に知らしめようというのだ」

 「それで、龍伯様は?」

 「無論断った。だが、いつまでも伊集院に手間取っていると……分かるな?」

 「はい。ですが、現実問題伊集院は手強い、それは若が一番ご存知でしょう」

 「…………都城を落とす」

 その言葉の意味を、忠元はすぐに理解した。周りの城を無視して一挙に忠真が籠もる都城を叩こうというのだ。

 「若、それは」

 「ならんとは言わせん。総大将はこの私だ」





 忠恒と忠元が率いる島津軍は他の諸城をすり抜けて都城に突進した。先手の大将は平田増宗。





 都城

 「殿!敵軍がこの城に向けて出陣して来ました」

 白石の言葉に忠真は冷静に答えた。

 「変わっていない。あのお方には熟慮が足りないのだ。昔から」

 「殿、まずはこちらから打って出て敵の出鼻を挫くのが最良かと」

 「うむ、出るぞ!」

 伊集院忠真は自ら甲冑を来て、都城から軍勢を率いて出陣した。

 こうして、かつての旧友が戦場で再会したのだ。





 激突、そして乱戦となった。

 島津側の平田増宗は自ら薙刀を振るい、敵兵を切り殺す。それでも、伊集院軍は決死の勢いで向かってくる。

 「くっ、若殿は何を考えてこんな無茶を……」

 遂に陣形が乱れ、味方が敗走した。

 「退却せよ、もはや持ち堪えられん!」





 聡明な忠真がこの時を見逃すはずがなく、周囲の城兵に打って出るように命じた。

 島津軍は正面と側面から一斉に攻撃を受け、あわや崩壊寸前にまで追い込まれた。





 ここに至り、忠恒は切り札を投入。かつて庄内の領主だったが、太閤検地によって領地を追われた北郷氏、そして種子島久時の鉄砲軍団を戦線に呼んだのだ。

 流石に今度は伊集院軍が押され、両軍は小松ヶ尾で大激戦となった。

 相応多大な犠牲を出しながら戦線は膠着し、そのまま年が明けることになる。





 慶長5年(1600年)

 島津家が内戦となっている間、上方では徳川家康が動き出していた。まず家康暗殺計画なるものが露見し、その中の首謀者の一人に加賀の前田利長がいるとして家康は前田討伐を命じた。だが利長は母の芳春院を人質に出し、この一件は収束した。しかし今度は会津の上杉景勝が軍備増強の不穏な空気があるという噂が流れ、再び上方に緊張が走っていた。





 島津龍伯の下に家康から書状が届いたのは、そんな時だった。

 「伊集院と和睦せよ……か」

 「家康様も必死ですな。今は一人でも味方が欲しい状況、ここは和睦の調停をして我らに恩を売ろうと」

 山田有信は胡坐をかきながら腕組みをしてうんうんと頷く。

 「ただ心配なのは、伊集院殿が応じるかですな」

 「忠真は父親を殺されている、そう簡単にはいくまいな」

 「では、若殿に頭を下げさせましょう」

 「忠恒に?あの若者がそう簡単に頭を下げるか?」

 「龍伯様のご命令なら、きっと否とは言いますまい」

 「……そうだな」

 「それから伊集院にも書状を出してみましょう。もしかしたらあっさりと和睦に応じるかもしれませんよ」

 「それは、お前の勘か?」

 「まあ、勘ですかね」

 「ふっ、相変わらずな奴だ」





 この家康からの和睦要請に当事者の島津忠恒、伊集院忠真は当初難色を示していた。だが養父であり君主の龍伯の命令に忠恒も従わざるをえず、龍伯と共に家康に誓詞を差し出した。ところがそれからすぐに伊集院側の勝岡、山之口の諸城が降伏し、忠真に残された城はわずかとなった。

 3月15日、忠真はすぐに家康からの要請に応じて和睦し、舅(しゅうと)の島津義弘の屋敷がある帖佐に預けられた。

 あと一歩だった忠恒は心の中で己の不覚を呪い、庄内にはかつての領主・北郷氏が戻った。





 約1年に渡って続いた『庄内の乱』はこうして終結し、伊集院忠真は蟄居、島津家は家康に大きな借りを作ることになった。



 第八十三章 完


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