１０００ＨＩＴ記念企画！
島津家の九州攻略の最大の障壁と呼ばれた者達・・・高橋紹運と立花道雪。彼らの意思を受け継ぐ者達のエピソード。
高橋家の嫡男・高橋統虎と立花家の娘・誾千代。後々にまで語られる二人の夫婦の物語、その出会い。
外伝 『婿は虎、娘は竜』
天正九年（１５８１年）
筑前（福岡）の大友領・立花山城。
ここは大友宗麟配下の名将・立花道雪（たちばなどうせつ）の居城である。
『要塞』という名に相応しいこの堅固な山城は、北九州における大友家の最重要拠点。戦国時代初期、この城を巡って大友氏・大内氏・毛利氏が激闘を演じ、多くの将兵が死んだ。
去る永禄八年（１５６５年）、大友家の武将・立花鑑載は毛利家と結んで主家を離反したが、敗れ降伏した。
しかし翌年、高橋や秋月氏が大友家に反旗をひるがえし、鑑載も二度目の反乱に踏み切った。この緊急事態に、大友宗麟は重臣・戸次鑑連（へつぎあきつら）を立花山城に派遣。四ヶ月の攻防の末、遂に立花鑑載は自刃して立花家は断絶した。
立花山城を攻め落とした戸次は、立花家が無くなるのを惜しみ、自ら立花姓を受け継いで立花道雪と名乗った。また、道雪はそのまま立花山城の城主となり、筑前・豊前を毛利氏や龍造寺氏から護り続けた。
だが、いかに名将でも寄る年波には勝てない。
天正九年の現在、道雪は今年で六十八歳、もう家督を誰かに譲るのが妥当であるが、彼は男子に恵まれなかった。
唯一生まれた子供は、誾千代（ぎんちよ）という娘が一人。
この今年で十二歳の手塩にかけた可愛い娘の為、道雪は一大決心をすることになる。
立花山城
「誾、誾はどこか？」
廊下を歩く道雪、だが彼は自らの足ではなく、側近の背中に乗って移動している。
道雪は若い時、落雷を受けて歩行不能な体になり、それ以来戦場では輿を、家では側近の背中に乗って生活をしていた。
「誾！ここか？」
屋敷の奥の部屋、そこが道雪の娘・誾千代の部屋。
ガラ！
道雪と側近が部屋に入ると、そこには縄で縛られた侍女・つるの哀れな姿が。
「つる！？誾はどこだ！」
口の布を外し、問いただす道雪。
「ぜぇ、ぜぇ、ど、道雪様。姫様はあそこに」
「む？」
道雪が見ると、屋敷の城壁に登って勝ち誇った顔をしている誾千代。
「ふ、ふ、ふ、父上もまだまだね。では誾は、これより城下を偵察してまいります」
と言ってさっそうと城壁の外側に飛び降り、一目散に城下町へと逃走する。
「待て、誾ーー」
「姫様ーー」
これが立花親子の日常。何とも騒がしい。
岩屋城
ここは大友宗麟が所有する筑後（ちくご）の重要拠点。
宗麟配下の猛将・高橋紹運（たかはしじょううん）の居城。
「統虎（むねとら）！おいどこだ！」
廊下をズンズンと進む紹運。やがて一つの部屋の前で足を止め、勢い良く襖を開ける。
ガラ！
「おい、統虎」
ドスン！
畳が抜け、あっという間に半身が床下に沈んだ。
「何だこりゃあ！」
「あーはははは！」
高い笑い声と共に天井から落ちてきた若者・高橋統虎（たかはしむねとら）は、自分の罠に見事に引っ掛かった父親の頭を叩く。
「ははは、親父！まだまだだな。それじゃ、あばよ」
「あ、おいコラーー！」
この統虎が、後の立花宗茂（たちばなむねしげ）である。
豊臣秀吉から「本多忠勝が東の天下無双の大将なら、立花宗茂は西の天下無双の大将である」と褒め称えられる猛将も、今はまだ十四歳の若者。
馬に乗り、家臣達が止めるのも聞かず、統虎は城下に走り去って行った。
筑前・筑後の国境付近の町
「今日は何かおもしろいことがないかしら」
そんな事を言いながら馬を引いて町を歩く誾千代は、立花山城の城下町を少し観た後、国境付近まで馬を飛ばし物見遊山を楽しんでいた。
「う～ん、いまひとつね」
彼女は今しがた見ていた売り物の小袖や服をポイポイと投げ捨て、次の店に入った。
「あら？これは」
眼に映ったのは、小さな小瓶。恐らく南蛮から流れてきたのであろう。
明やポルトガルと貿易をしていた筑前では、時々こうした珍しい物を見る事が出来る。もちろん、一般の人々では手に入れられないが。
「これ、中に何か入っている」
ポンと中を開け、匂いを嗅ぐ誾千代。
中からは微かな心地よい香り。思っていた通り香水という物だ。
「ふふ、いい香りいい香り」
無論買う気はなかったので、蓋を閉めて店を出る。だが、その匂いはなかなか離れず、気分をウキウキさせる。
「ん？」
誾千代が店から店へ移動していると、ソワソワと周りを気にして一人の町人がいた。
「スリね」
一発で町人の正体を見抜いた誾千代は、早速物陰に隠れ、男が事を起す瞬間を待った。しかもワクワクしながら。
（あ、やる・・・ち、やりなさいよ意気地なし。う～ん・・・あ、今度こそ・・・やった！）
誾千代ははっきりと見た。男が商人にぶつかる瞬間、懐から財布を盗んだのだ。
「ふふふ、遂にやったわね」
犯罪を目撃したというのに、どこかウキウキしながら、誾千代は男に近付いて行く。
後ろから声をかけ、逃げ出すなら馬で追い掛け回し、素直に捕まるならビシバシと説教をしながら奉行所に叩き出す。とにかく、日頃の退屈しのぎには持って来いである。
「ねぇ、ちょっと」
誾千代が後ろからスリの肩を掴もうと手を伸ばした時。
ガシ！
「へ？」
「お前、盗ったな」
スリの男の肩には、誾千代よりも先に別の腕が置かれた。
「！」
「あ、おい！」
スリは犯罪者特有の本能で、自分の肩を叩いた男を見ることなく、一目散に逃げ出した。
「ち、待ちやがれ！」
「あ、ちょっとーー！」
逃げ出した男を捕まえる為・・・なのか、一組の男女はスリを追いかけた。
「くそ、何て逃げ足の速さだ。ん？誰だお前？」
「お前ぇ！？いきなり失礼な人ね、あなた。あいつは私が先に見つけたの、邪魔しないで」
「はぁ～、何言っているんだお前。小娘の出る幕じゃねぇ、引っ込んでろ」
「・・・・・」
誾千代と一緒にスリを追いかける男・高橋統虎が、不意に殺気を感じた瞬間。
バキィ！
「ごふ」
かなり振り絞った誾千代の裏拳が炸裂し、統虎は吹き飛んだ。
「待てーードロボウーー」
倒れる統虎など気にも止めず、誾千代は自らの馬に飛び乗り、スリを追いかける。
「・・・・殺す」
一方、殴られた統虎は鼻を押さえながらスリではなく誾千代を追いかけた、裸足で。
結局スリは一時間ほど逃走した後、町の奉行所の役人に捕まったのだが・・・。
「お前があそこで俺の邪魔をしなけりゃ、あいつはとっくに捕まえられていた！」
「あの男は私が先に眼を付けて見張っていました。私ならあの者に声を掛けた瞬間に捕まえていたわ」
「だからあいつが急に逃げ出したから」
帰り道、誾千代と高橋統虎はそれぞれ互いの言い分を相手に叩きつけ、終いには相手を非難する所まで話が進行していた。
「ああもういい！じゃあな、俺はこっちだから」
「ええさよなら！もう会うことはないでしょう」
そして激しい口論の末、お互い手を振ることもなく、プンプンしながら家路についた。
これが、高橋統虎と誾千代の、初めての出会いだった。
翌日
岩屋城を立花道雪が訪れた。側近二人が担ぐ輿に乗り、城の城門を潜って高橋紹運の屋敷に入る。
「道雪殿。よくぞ起こし下された」
「紹運殿。久しぶりじゃな」
「どうです、お茶でも」
「うむ、頂こう」
静かで心地よい茶の一室。
だが、この二人から発せられる気が部屋を重たいものにしていた。
しかし、その重い静寂も突然。
バキィ！
「おい親父！」
「ゴラァァァ！」
獣の雄叫びの如く、紹運は息子の無礼を一括した。
「貴様～、客人が着ている時に！」
「まあまあ紹運殿。ほぉ～、これが貴殿の息子か」
「親父、城下で南蛮から来た馬が暴れているのだ。俺が行って抑えても良いな」
「そんなものわざわざ貴様が行くこともあるまい」
「でもどうしても見たいのだ、行ってくるぞ！」
そのまま走り去る統虎。
「く、道雪殿。あの愚息がお恥ずかしいところを」
「は、は、は、わしが若い時もあのぐらいであったわ」
それから茶の話や近隣諸国の情勢を話し合った後、道雪は岩屋城を後にした。
帰り道の岩屋城城下
「ど、道雪様！」
「どうした？」
道雪が輿から顔を出すと、一頭の巨大な馬が真っ直ぐに走ってくる。
「いかん、離れろ」
「は、はい」
だが、いかに道雪の信頼する側近二人といえども、急な事に足並みが合わない。
そして馬は、道雪一行の眼の前に迫った。
「うわ！」
その時、一人の若者が馬の前に飛び出した。
「こら！勝手に逃げ出しやがって、お前は俺の馬になったのだから素直に従え！」
「おお、貴殿は紹運殿の！」
馬に颯爽と飛び乗る高橋統虎。
「危ない所だったなじいさん。すまん、馬の暴走を食い止めた礼として一頭貰ったのだが、受け取る時に逃げちまった」
「じ、じいさん？」
「貴様、無礼な！」
「これこれ。構わん、構わん」
「じゃあなじいさん。気をつけなよ」
馬の手綱を握り岩屋城に向かう統虎の姿を、立花道雪はどこか意味深に見つめていた。
（高橋統虎か・・・小童（こわっぱ）にしては度胸がある。おもしろいな）
それから数日間、道雪は岩屋城に再び足を運んだ。
目的は紹運の息子・統虎を見るためである。
彼と直接話す機会にも恵まれた道雪は、ますます統虎に惚れ込んだ。
そして遂に。
「頼む紹運殿。貴殿の息子をわしに譲ってくれ」
「はい？」
突然の言葉に唖然となる紹運。
「ま、待たれ道雪殿。一体どういう」
「言葉通りだ、貴殿の息子をわしの婿養子に貰いたい」
「む、婿養子！！」
「左様、わしの娘、誾千代の」
「・・・・」
しばしの沈黙の後、紹運は重い口を開いた。
「謹んで、お断り申す」
「やはり・・・駄目か」
「いかに阿呆（あほう）な息子でも、統虎は嫡男でござる。それを差し出す事は、お家の将来を差し出す事と同じでございます」
「いかにももっとも」
「お話はこれで終わりに致してようござるな？」
「・・・うむ」
だが、道雪は諦めなかった。
次の日も、その次の日も、道雪は紹運に頼み込んだ。
「無理な話しである事は百も承知じゃ。じゃが、わしには息子がいない。頼む紹運殿。立花の家を、わしの代で終わらせる訳にはいかぬのじゃ」
「・・・・・」
紹運も必死だったが、それ以上に必死なのは道雪である。
そんな道雪の必死な懇願（こんがん）と、年上の武人を哀れに思う心が働いたのか、紹運は遂に承諾した。
「分かりました。我が愚息、道雪殿の下で鍛えてやって下され」
「おお！紹運殿！」
ガッシリと手を組む道雪と紹運。
それから紹運は息子を呼び、こう言った。
「今後、俺はお前の親ではない。もし俺と道雪殿が敵味方に分かれて戦うなら、道雪殿の先鋒となり、必ず我が首を取るがよい。だが、俺の為に不覚を取ったなら、その時は我が家の敷居（しきい）を跨（また）ぐな、潔く自害致せ」
有名な高橋親子の別れの話である。
一方、高橋家との縁組を成立させた道雪は、最後にもっとも重要な事を済ませなければならなかった。
そう、愛娘・誾千代に縁組の報告である。
部屋で娘を待つ道雪は、今まで感じたことのないプレッシャーを感じていた。
戦場では輿に乗ったまま太刀を振るい、『鬼道雪』と言われ恐れられている道雪も、この時ばかりは緊張した。
そして・・・。
「父上、話とは？」
開口一番、立ったまま質問をする娘を眼で叱り、道雪は自分の前を指差した。
「座れ」
今までの父とは明らかに違う様子に、しぶしぶ従う誾千代。
「お前は」
「嫌です」
沈黙。
「お前は」
「嫌です」
再び・・・沈黙。
「まだ何も言っておらん」
「だいたい分かる気が致します」
平然と言ってのける娘を見る道雪の顔には、脂汗がにじんでいた。
「お前も今年で・・・十二だ」
「ま、だ。十二でございます」
話が前に進まない、この状況。
道雪は誾千代の後ろの襖（ふすま）を盗み見た。
「そうそう、お前が買っている鳥は元気か？」
「つばさ丸のことですか？ええ、それはもう元気に空を」
「お前は結婚するのだ」
「飛びまわ・・・て」
勝ち誇った顔で娘を見る道雪と、まるで親の仇を見るような眼で父親を睨む誾千代。
この時代、女性に結婚の否応を発言する権利はない。親同士が決めた婚姻なら、女性は相手を好きだろうが嫌いだろうが結婚させられる。誾千代の生きた時代はまさにそんな時代であった。
「ふ、ふふ」
「どうした？」
ゆっくりと深呼吸をした後、誾千代は腹の底から叫んだ。
「絶対に嫌です！！！」
パンパン
誾千代が叫んだ瞬間、道雪は手を叩き、そして後ろの襖が開いた。
「え？」
「どわぁぁ！」
ドスン！
「ご対面～～」
後ろに隠れていた高橋統虎をいきなり押したのは、誾千代の侍女・つるである。
何故か統虎は目隠しをされていた。
「ははは、言うと思ったわ、誾。だからこの際、直接相手を連れてきてやったのよ」
「くぅ～」
「アイテテテ。親父殿、もう目隠しを取ってもいいですか」
「ああ、構わんぞ」
目隠しを取り、自分の妻になる女性をよく見ようと辺りを見渡す統虎。
「あれ、俺の妻は？」
「下じゃ」
「え？」
いつの間にか誰かの背中に乗っていた事に気付いた統虎は、慌ててその場から離れた。
「あ！お前！」
「あ・・・・ああーーーー！！」
顔を上げた誾千代と、その上げた顔を見た統虎の二人は、同時に大声を出した。
「お前あの時の」
「あなたこそ、先日の」
「何と！二人は知り合いであったか、いや～めでたい。早速明日式を開こう」
もう勢いで二人を結婚させようと決意した道雪は、早速式の準備に取り掛かろうとした。
「「冗談じゃない」」
そんな二人の言葉など耳に入らず、道雪は廊下を去っていった。もちろん側近の背中に乗って。
「待って父上！父上～」
「親父殿。何でよりにもよってこんな・・・親父殿～」
「ふぁ～～は、は、は」
心なしか、道雪を背に乗せる側近がスキップをしているように見える。あれは道雪の心に同調しているのか？
そんなこんなで、立花誾千代と高橋統虎の結婚式はつつがなく行われ、高橋統虎は立花統虎と名を改めた。
その夜、統虎は努めて自分の妻と語り合おうとした。最初こそは互いに眼も合わせなかったが、やはり夫婦となる以上、信頼関係は必要だと感じたからである。
「今日から俺は立花統虎だ、誾」
「・・・・はい」
「俺はお前を天下一の女にしてみせる。見ていてくれ」
「！」
決まった、と思い結婚式が終わった後の夜空を見上げる統虎。
だが。
カリカリ
「な、何をしている誾」
カリカリと自分の腕をかく誾千代。
「すみません、ちょっと鳥肌が」
「どういう意味だーー！」
部屋の中で追いかけっこを始める新婚夫婦。
そんな二人のドタバタを遠くで見つめる立花道雪と高橋紹運。
「似合いの夫婦ですな」
「うむ、これでわしは安心して逝ける」
「道雪殿。その様なことを・・・」
「は、は、は。冗談じゃ冗談」
乱世の中、この夜だけは、結ばれた夫婦を祝福するように空は一面の星空で満たされていた。
後にこの二人が、島津家の九州制圧の野望を打ち砕く事になるのだが、それはまだ先のお話。
外伝 完
もどる
