戦国島津伝
第六章 『初陣!原野を駆ける将星』
岩剣城周辺の島津軍陣営内。
「ではこれより、岩剣城と城主の岩水権史郎を討つ」
義久の気合の入った声と共に軍議は終了した。
「では最終確認を、えぇ〜まず、先鋒は義弘様の部隊、両翼にそれがし平田と新納殿がそれぞれ五十騎、敵を誘う種子島部隊百を歳久様、中軍の歩兵部隊を忠倉殿、総大将は義久様でよろしいですな」
一同頷く。作戦は次の通り。
まず歳久の部隊が敵の本陣に種子島を射掛け後退、敵の部隊が出て来た所を義弘、平田、新納の騎馬部隊で撹乱し、中軍の伊集院忠倉が真正面から当たり、岩剣城の守将・岩水権史郎が出て来た時は真っ直ぐに義弘の騎馬部隊が首を狙うという段取りである。
岩水権史郎が城に逃げたら、全軍で城攻めに移る作戦も練られた。
「この戦は言うまでもなく、全員が己の任務をよく理解し、全力で事に当たれるかどうかで勝敗が決する、では・・・出陣!」
おう!と力強く将兵が吼える。
戦は、遂に始まった。
総勢一千の島津軍は陣形を整え、歳久は手勢の騎馬百騎を率いて、敵が陣取る森深くに駆けた。
「ちっ、一歩間違えれば我々は全滅だぞ、大兄上も大きな賭けに出やがって」
今回の戦は歳久の活躍所が多い。確かに体力がなく直ぐに動悸が早くなる自分が戦で出来る事は、奇襲か補給部隊の指揮ぐらいである。華々しく戦の前線に立って戦えない、その事が歳久には悔しかった。
「こうなれば意地でも、敵を兄上達の下へ誘い出してやる」
敵が森深く陣取ったのは、自分達を森に誘い出し殲滅する為である。
何としてもこちらは相手を原野に引き込まなければならない。敵の兵力は予想した通り二千、まともに戦えば苦戦は必至であるが・・・。
歳久部隊が敵の本陣の旗を見つけた。種子島が構えられる。
「よし、岩水が兵を横に広げてくれて助かった、我々が来た所を包み込む作戦であったのだろうが・・・甘いな」
歳久が種子島を構え、他の者も狙いをつける。
鉄砲伝来の地である種子島は、島津家の属国である。よって輸入される鉄砲の量は、島津家の方が他の大名より豊かである。
言い方を変えれば、撃ち放題。
「放てぃ!」
敵の旗に向かって次々と種子島が火を噴いた。
明らかに敵は動揺している。歳久は部下にわざと大声を出させ、自分達の位置を分からせる。
「よし、敵が攻撃態勢を整える前に、全速力で後退する」
近くにいた敵兵が群がってくる。それらを携帯していた刀や槍で薙ぎ払い、歳久達は馬首を返した。
敵は種子島を撃った相手が少数だと知って、続々と追いかけて来る。
「ふん、追って来い追って来い、貴様ら雑兵如きに討たれてたまるか!」
大喝一声、歳久は立ち塞がった敵兵の胸を槍で突き殺した。
その頃、島津軍本陣。
「歳久・・・うまくやれよ」
本陣の旗本に守られながら、義久は一人呟く。
もし敵に種子島を撃つ前に気付かれたら、途中で激しい動悸に襲われたら。
そんな悲観的な考えが頭をよぎり、本陣を出て目の前の草原に視線を移した時、突然伝令が飛び込んできた。
「報告、敵兵が森より突出してきました」
「何!そうか、来たか」
よくやった歳久。
「全軍、手筈通り義弘の騎馬隊を突撃させる、戦闘開始!」
騎馬隊を預かる義弘、平田、新納の三人は一糸乱れる事なく、森から出てきた大軍に向かって直進した。
右翼を預かる平田は中央を駆ける義弘を目で追った。
とても初陣とは思えない動き、槍が振るわれ、自慢の愛馬が疾走する。
新納忠元もまた、義弘の武勇に惚れ惚れした。義弘に接近した敵は胸を貫かれるか、馬から落馬した。義弘隊はまるで野原を駆ける様に走って行く。
戦場だと言うのに、新納は思わずその姿に見入っていた。
騎馬隊二百騎が駆け抜け、敵が浮き足立った所に中軍の歩兵部隊を指揮する伊集院忠倉が正面からぶつかった。
歩兵五百に対して、敵の数は千を越える。劣勢は否めない。
「ち、時が経てば我々は負ける、岩水権史郎は何処にいる?」
敵には勢いがあった、城主の岩水本人が出て来ている可能性は高い。
義弘の気持ちは、五十人程で山中に隠れた歳久も持っていた。
森林の敵本陣は移動し、山に身を隠しての奇襲作戦は実行不可である。
「機を逃すなよ大兄上」
戦の状況は此処からでは把握できない、馬は潜む時に手放した。奇襲作戦が出来ないとなると、自分はただ味方の勝利を祈るのみ、何ともどかしい気持ちか。歳久はギリッと唇を噛んだ。
戦が始まって一時間、緒戦は混乱した岩水勢であったが、次第に態勢を立て直し、数にものを言わせた反撃を開始した。
この事態に義久は本陣を動かし、歩兵部隊全てを使って敵の反撃を耐え忍ぶ堅陣を敷いた。
平田隊、新納隊の騎馬部隊は敵の厚い層に阻まれ、中々岩水権史郎の位置を確認できなかった。
そんな中、義弘は敵兵の中に軍配を振るって指揮を取る男を発見した。間違いなく岩水権史郎である、だが敵兵が多く近づけない、義弘は機を待った。
義久本陣。
「義久様、これ以上は持ちませんぞ」
慌てて本陣に入って来た男は伊集院忠倉。全身に返り血を浴び、顔は疲弊の色が濃かった。
「・・・・・」
義久は考えた、そして。
「歩兵を一箇所に集めよ、全力で敵の猛攻を耐える」
「ですが、よく守っても僅かな時間です」
「分かっている、我々が敵を全て引き受け、義弘の騎馬隊が岩水を討つまで・・・耐えるのだ」
「わかりました」
伊集院が大急ぎで自分の指揮する部隊に戻り、下知(げち)を与える。
本陣を囲む様に、義久と伊集院の部隊が展開する。
義弘は馬上から本陣が敵の大軍に飲み込まれていくのを見届けた。
「兄者、御武運」
義弘は敵軍の一箇所を見続けた。あそこに岩水がいる。あいつの首を取れば、この戦は勝つ!
遂に敵が、全力で押し始めた。明らかに敵軍の陣形に緩みがでた。義弘は槍を振り上げ、雄叫びを上げた。
そのまま真一文字に激走する。目の前にいる者も、さえぎる者も、義弘には何も見えなかった。見えるのは、軍配を持つ敵将の首のみ。
岩水権史郎の顔が見える位置まで到達した。相手はこちらに気付き、刀を抜いて部下に敵の進路を遮るよう命令した。
だが義弘を遮ろうとする敵は、騎馬隊の勢いに、義弘の闘志に気圧されていた。
岩水権史郎は覚悟を決めたのか、自ら刀を振り上げ向かって来た。
(自ら来るとは、中々骨のある奴)
心の中で賞賛を与え、義弘は権史郎と馳せ違った。
後ろを振り向き、権史郎が馬から落ちたのを確認した。直ぐに駆け寄り、首を槍に突き刺す。
「皆見ろ!岩剣城主、岩水権史郎はこの島津義弘が討ち取った!!」
一旦静かになり、島津軍が一斉に歓声を上げると敵兵は潰走した。
「義弘様」
平田光宗と新納忠元が駆け寄ってきた。
「おう、このまま岩剣に攻め入るぞ」
「お待ち下さい、まずは損害を確認し、態勢を整えて」
「何を悠長な事を言っている、我が隊だけでも行くぞ」
「あ、お待ち下さい」
そのまま義弘隊と平田隊は敵城岩剣に到達、岩水権史郎の首を見せたところ、城門が開かれ敵は降伏した。
「兄上!」
数十騎の馬蹄が響き、歳久が義弘の所へ駆け寄ってきた。
「歳久か、でかしたぞ」
「兄上こそ、岩水の首だけでは飽き足らず、城をも自分の手柄にするとは、些か頑張りすぎですぞ」
義弘は、自分以上に汗を掻き、はぁはぁと苦しそうに息をする歳久を心の底から労った。
義久も本陣で。
「父上によい報告が出来るな。皆よく頑張った、この戦・・・我々の勝ちだ!!」
大歓声と共に義久も兵も、お互いを労った。
第六章 完
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