戦国島津伝




 第十五章 『秘城の女神』

 忠良が永眠した1568年、島津家は騒乱の中にあった。

 まず日向では、今の宮崎県日南市にあった島津家の要衝・飫肥城が陥落した。

 敗因は色々あるが、最大の原因は島津義弘の不在だった。

 義弘を養子として迎え、共に飫肥城を守っていた島津忠親は、66年の肝付氏に対する島津家の大反撃の際、義弘を薩摩に帰還させたのである。

 その後、忠親は義弘の飫肥城入城を許さなかった。

 結果、伊東氏の猛将・伊東祐安に敗れ、城主の島津忠親は都城城に撤退した。

 これに対し義弘は、北の相良氏や東の伊東氏を牽制する意味で、真幸院の飯野城を自らの居城とした。

 伊東氏の本城である三山城は、飯野城の目と鼻の先に在り、伊東方にとって飯野城は是が非でも落とさねばならない存在だった。




 飯野城

 「おお、おお。三山城が見えるぞ、あそこに伊東義祐がおるのか」

 子供の様に天守ではしゃぐ義弘。

 「いずれ決着をつける相手が目の前にいる、武者震い致しますな」

 側近の町田も同じ様にはしゃぐ。

 「ですが、この城は位置的に島津領と離れ過ぎております。大事の際には、北郷殿や歳久殿の援軍でも心許無い気が・・・」

 実窓院(じつそういん・旧名綾子・義弘の正室)は現実的に今の状況を危惧している。

 「確かにそうですね、この城は飯野川や川内川に挟まれ天然の要害ですが、逆に言えば味方の援軍も到着が遅れてしまう」

 義弘は面白くなかった。

 まるで最初から援軍が必要な言い草である。

 「そうだわ!」

 ポン!と実窓院が手を鳴らした。

 「ど、どうした?」

 「砦を築くのです、歳久殿の宮之城城とこの飯野城の中間に位置する砦を!」

 嬉しそうに話す実窓院、次々と砦の設計案を発表していく。

 呆気に取られる町田と義弘。

 「砦ですか、ふむ〜、義弘様はいかがかと?」

 「・・・いいな、いいなそれ!」

 「そうでしょ!」

 二人仲良く人を集め、早速砦が建築されていく。

 呆然としながらも、町田はそんな二人を微笑ましく見つめていた。

 だが・・・




 三山城

 三乃山の頂から、飯野城を見つめる瞳。

 「おのれ義弘、薩摩と日向の連携を密にするつもりか!」

 激高するのは、伊東方の猛将・伊東祐安。

 「すぐに兵を集めよ!今なら飯野城を取れるぞ!」

 付近に居た家臣に告げると、疾風の様に山を駆け下りた。

 だが、そんな祐安達を更に見つめる瞳があった。




 伊東祐安は早速手勢の三百を率いて飯野城を目指した。

 「たとえ城を落とせずとも、民家を焼き払い、城下に打撃を与える事は出来る」

 意気盛んな伊東祐安、だが、伊東勢が川内川を目指そうと北進した時。

 「先頭の部隊より報告!眼前に敵勢です!」

 「何だと!島津か?」

 「ただいま確認してまいります、お待ちを」

 側近と伝令が飛び出し、先頭の部隊に到着した。

 確かに眼前に、馬に乗って槍を突き出す集団が見える。掲げている旗は、島津の旗と良く似ているが、どこか違う。

 「あの旗は・・・都城の北郷時久です!!」

 「な、なにぃぃ!」

 報告を聞いた祐安も、同じ様に絶叫した。

 「馬鹿な!我らの出撃を察知し、回り込んでいたのか・・・」




 北郷軍

 日向方面の豪族であり、代々島津家と共に生きて来た本郷氏。その頭領である北郷時久(ほんごうときひさ)は、馬上から大声を上げた。

 「伊東!生憎と、ここら辺の住民は皆、俺達の味方だ!!大人しく・・・死ねやぁぁーー!!」

 雄叫びと共に突撃する北郷軍。数は五十といかにも少ないが、勢いは確実に勝っていた。

 目の前に迫る北郷軍を前に、戦わずして逃げる兵が続出した。

 「ちぃ!退け、退けぃ、撤退だ!これでは奇襲にならん!」

 北郷時久の恐ろしさは、祐安も身を持って知っている。

 矢でも鉄砲でも、奴の指揮する軍は一歩も引かない。

 勇猛さだけは、島津義弘の軍に匹敵する。




 伊東祐安の電光石火作戦は、それを上回る電光石火で進路を塞いだ北郷時久の前に失敗に終わった。

 「かはははは!やりましたぞ、殿ーー!!」

 空に向かって叫ぶ時久。

 身の丈二メートル近い偉丈夫の彼は、盲目的なまでに島津家、特に自分の主君である義久を崇拝していた。祝日で薩摩に行く時は、必ず一番に義久に謁見するほどの忠犬である。

 「見たか伊東!島津忠親殿の無念、この俺が晴らしてやったわ!かはははは!」




 それから数ヵ月後

 実窓院が設計し、義弘が領民を動員して作り上げた砦、加久藤(かくとう)城が完成した。

 「完成よ!」

 無邪気に喜ぶ義弘の妻、実窓院。いい歳して・・・

 「我ながら良い出来だ!」

 「見た所、少々頼りない印象を受けますが」

 町田の言うとおり、新築の加久藤城は何の変哲もない、それどころか防備の薄い感じがする。

 「ふふふ、この加久藤城には秘密があるのです」

 「え?」

 「と言う訳で義弘様、この城は私自ら守ります!」

 「え?」

 今度は義弘が声を上げた。

 「ま、待て。何もお前自ら城主を務めずとも・・・」

 「この城を隅から隅まで知っているのは私です、私に任せて下さい!」

 ギュッ!と義弘の腕を握る実窓院。愛妻の強い決意に、遂に義弘は折れた。

 「分かった、ただし護衛として町田!お前も加久藤城に残れ」

 「ええーー!私もですか?」

 「ああ、妻を頼む」

 「・・・・・分かりました。実窓院様は身命に賭けて、お守り致します」

 「では町田殿に何かある時は、私がお守り致しますね」

 「はははは!それは良い、しっかり守ってもらえ町田」

 「そんな〜」

 実際、実窓院は薙刀の達人である。侍女達を稽古で何人も倒した実績を持ち、町田も数回気絶させられた苦い経験を持つ。

 (絶対に、奥方様より強い男になってやる)

 そう固く心に誓う町田忠綱であった。


 第十五章 完


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