戦国島津伝




 第三十三章 『家久旅道中〜長期滞在〜』

 京に滞在して二週間。

 家久はそろそろ故郷の薩摩に帰ろうと思っていた。

 「皆、明日出発する。準備しておれよ」

 「それは良いのじゃが・・・」

 「何だ、法庵」

 「この宿にいるのは・・・」

 襖の向こうを顎(あご)で指し、昼間から寝ている男を見る法庵。

 今この宿にいるのは法庵と寝ている男、北郷時久と島津家久の三人だけ。

 「ぬ〜、東郷と又七郎はどこだ」

 「恐らく二人とも外出しているのじゃよ」

 「こんな朝早くから、か」

 「まぁ〜二人とも若いからの〜」

 「どういう意味だ」

 「いんや〜、別に」





 その頃の東郷。

 緊迫した空気、頬を伝う冷たい汗。

 鞘から剣を抜き、渾身の力で目の前の大木を叩き切る。

 「うおおおおおおおおお!」

 ドガァァァ!!

 メキメキメキ・・・・ズドォォォン!

 といった具合に見事に倒れる大木。

 「はぁ、はぁ、はぁ」

 疲れて肩膝つく東郷を上からせせら笑う師匠の善吉。

 「ほ、ほ、ほ。どうしたどうした若者。もう限界か?」

 「ま、まだまだ」

 東郷の後ろには、斬られて倒れた大木が二、三本転がっている。

 限界も何も大木を数本切り倒す事自体異常である。

 「ほんじゃ、あと五、六本いってみようかの」

 「く、うがあああああああ」

 善吉の言うままに、再び次の大木に向かっていく東郷。その眼はもはや人間のそれではなかった。

 強くなる事・・・それが今の彼にとって一番大事な事なのだ。

 それから数時間、人里離れた山からは大木が倒れる音が響き続けた。





 その頃、古寺の中では又七郎と姜がなにやら真剣に見つめ合っていた。

 二人の間には裏返しの茶碗が一つ。

 そして。

 「はい!」

 姜の掛け声で茶碗が上げられる。

 中には二つのサイコロ。

 「ん〜、半だ!あたしの勝ち」

 「負けか」

 二人がやっていたのは丁半という博打。

 サイコロの目の偶数(丁)と奇数(半)を当てて楽しむ庶民の娯楽ゲームだが、決して子どものやるものではない。

 「へ、へ、へ」

 ニヤニヤしながら又七郎の少ない銭を懐に入れる姜。

 「ところでさ」

 「ん?」

 「この茶碗とサイコロ、どこで手に入れたの?」

 「こんなのどこでもあるよ、まあ〜あんたみたいな子供じゃ無理かな〜」

 自慢げに話す姜にちょっと気を悪くした又七郎は。

 「・・・自分だって子供じゃないか」

 「なに〜」

 美しく鋭い眼で睨まれ、慌ててそっぽを向く。

 「そんなセリフは一度でもあたしに勝ってから言いなさい」

 「〜〜〜」

 ぐぅ〜の音もでない。又七郎はさっきから連戦連敗。そもそもこんなゲームなんてやったこともない。

 「ところでさ、あんたいつまでここにいるの?」

 突然の話題変更。そんな事は又七郎も分からない。

 「分からない」

 「ふ〜ん」

 彼女、姜とは出会って一週間。毎日のように遊んでいた。

 遊び場所は最初に会った古寺を中心にしてお手玉、竹馬、博打、かくれんぼなど。

 姜は又七郎の知らない色んな遊びを知っていたし、道具が必要な遊びをする時はどこからか調達してきてくれた。

 その代わり又七郎は、姜に京以外の土地の事を話した。

 姜は飽きる事無く又七郎の話に耳を傾け、そのうち二人とも大の仲良しになっていたのである。





 「多分そろそろ、帰ると思う」

 「薩摩に?」

 「うん」

 「ふ〜ん」

 茶碗をいじくる姜。

 「・・・ねぇ」

 「何?」

 「どうして、僕と遊んでくれたの?」

 「・・・」

 しばらくの静寂。その後。

 「それは・・・」





 家久達の宿

 「東郷!一体どうした!」

 大声を上げる家久。目の前にはボロボロの東郷。

 彼は京に来てから毎日のようにボロボロになって帰ってきたが、今日はいつも以上にズタボロである。

 「それがし、まだまだ修行が、足り、ない」

 バタン

 と倒れる。

 「東郷、東郷〜〜!」

 必死に東郷を介護する家久とは違い、法庵も北郷も半分呆れ顔でそんな光景を見ていた。

 「やれやれ、やっと明日帰れる」

 「北郷殿は、京に来て何か思い出は?」

 「う〜ん、喧嘩・・・かな」

 「?」

 北郷にとって京の町は刺激が少な過ぎるらしかった。



 第三十三章 完


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