戦国島津伝




 第三十四章 『家久旅道中〜帰郷〜』

 家久達が京を旅立つ日がやってきた。

 皆顔には出さないが、故郷に帰れる事に嬉しさを感じている。

 「え〜と、これは俺の、これも俺の、これは・・・知らん」

 ポイポイと荷物を整理する北郷、その横では家久と法庵がせっせと荷物を詰めている。

 「ふぅ〜ようやく終わった。後は又七郎、お前だけだ」

 「・・・はい」

 「ん?どうした、元気が無いな」

 「いえ、別に」

 「?」

 「やっと終わったぜ・・・あれ?おい東郷、ボサッとするな、お前も早く出立の準備をしろ!」

 バシィ!

 荷物の整理が終わった北郷は、ボォ〜としている東郷の頭を叩いて渇を入れる。

 「・・・ああ、済まぬ」

 「何が済まぬ、だ。おめぇが終わらんと先に進まねえだろ!」

 「やれやれ、若い者は元気じゃのぅ〜」

 せっせと準備する大人達とは違い、又七郎は一人、暗い表情のまま座り続けた。





 やがて、準備が完了した家久達は、約二週間滞在した宿を後にした。

 「やれやれ、ようやく薩摩に帰れますのぅ〜」

 「まったくだ、やっぱ京より薩摩の方が俺には性に合う」

 「「・・・・」」

 「さっきからどうした?又七郎、東郷、元気が無いぞ」

 「それがし・・・用事を思い出しました。すぐに追い付きますので、先に」

 「はっ?何言って」

 「待て・・・そうか、分かった。必ず追い付いて来い」

 「承知」

 言うが早いか、東郷は馬を駆り、一目散に善吉の元に向かった。

 最後の試練を、受ける為に・・・。





 「又七郎」

 「は、はい」

 「お前は良いのか?」

 「え!?」

 「・・・・・」

 又七郎を静かに馬から降ろし、ニヤリと笑う家久。

 そのまま馬を歩かせ、行ってしまった。

 残された又七郎は、しばらく思案した後、いつも姜と遊んでいた古寺に向かって走り出した。





 山中

 辺りは静寂に包まれ、二人の男が対峙していた。

 一人は太刀を両手に握り締め、荒い息を吐く東郷重位。

 もう一人は虚無僧姿で刀を腰に納めている善吉和尚。

 「今日、それがしは京を発ちます」

 「だから?」

 「それがしは、貴公を倒します」

 「ふむふむ、出藍の誉れというものか?」

 「いかにも」

 ※出藍の誉れ(しゅつらんのほまれ)・弟子が師を越える事をいう。

 「いざ、参ります」

 刀を上段に構える東郷だが、善吉はその場から動こうとしない。

 そんな師匠を見つめながら、東郷はこれまでの事を思った。

 初めて会ったとき、彼は修行を断った。

 そこを東郷は、土下座して頼んだのだ。

 仕方がないといった感じで始まった修行だが、東郷はどんな試練でもやり抜き、善吉の期待に応えてきた。

 その成果を、今ここで見せる!

 「・・・・・小僧」

 「うおおおおおおあああああ!!!」

 バキィィィ!!

 すれ違う二人。

 そして・・・・。





 「やはり、まだまだ修行が足りませぬな」

 右肩を深く切り裂かれながらも、善吉に向かって頭を下げ、東郷は山を降りて行った。

 「・・・・」

 その東郷を見送りつつも、ゆっくりと自分の刀を見る善吉。その刀は、見事に真っ二つに折れていた。

 更に自分の真後ろの地面には深い切り目が出来ている。

 「だから嫌だったのじゃ、東郷。貴様の力は、わしにどうにか出来る物ではなかったのじゃよ」

 ポイッと刀を投げ捨て、折れた手首をさすりながら、善吉和尚はそのまま山奥に消えた。





 古寺

 「今日は、別れを言いに来ました」

 「・・・・」

 その言葉を、姜は静かに聞いた。

 「僕は、この京に来て、君に出会えて、本当に良かった」

 古寺に到着した又七郎は、やはり来てくれていた姜に向かってそう切り出した。

 「まったく。突然現れて突然消えていくんだね、あんたは」

 「ごめん」

 「何で謝るの?」

 「その、もう会えないから」

 「会えないから謝るの?変なの。それにもう会えないって何よ、会おうと思えば、また会えるでしょ」

 「そう、だね」

 又七郎はなぜか、ひどく悲しい気持ちになった。

 悲しいと自覚するまで、自分の中のこの気持ちは何なのか、朝からずっと気になっていた。

 「でも・・・私は、悲しい、寂しいよ」

 「あんた」

 「いつか、また会おうね」

 ピシ!

 珍しく熱の篭った眼で見つめる又七郎の額を、軽く叩く姜。

 「そんなの当たり前でしょ。今度は絶対にかくれんぼであんたをみつけてやるんだから」

 「・・・ありがとう」

 「ふ、ふん。ほら、早く行きなさいよ」

 「うん。さよなら」

 「違うでしょ。こういう時は、またねって言うの」

 恥ずかしそうに目線をそらす姜を真剣に見つめ、又七郎は言った。

 「・・・・・またね」

 「うん」

 背を向け、歩き出す又七郎を、姜は見えなくなるまで見続けた。

 初めて会ったとき、なぜ声を掛けたのか、自分でもよく分からない。

 ただの気紛れだったかもしれないし、寂しそうにしていた又七郎を哀れんだのかもしれない。

 だが、そのどちらでもない気がした。

 孤独だった、寂しかったのは、自分の方だったはずなのだから。





 その後、又七郎と東郷は無事に家久達と合流し、一行は日向の近海に到着した。

 「ぐ〜〜」

 「か〜〜」

 「すぅ〜すぅ〜」

 家久以外は全員眠ってしまい、家久自身は物思いにふけっているようだ。今頃、家久達の護衛役だった長寿院は先に到着し、義久達の所へ報告に行っていることだろう。





 「ん?おお!!」

 近付いてくる港を目の前に、一人望郷の念に浸っていた家久は、なにやら港に集まっている集団を凝視し、驚きと喜びのあいまった声をあげた。なぜなら、船が停泊する港には、義久を含め島津家の人々が迎えに来ていたのだ。

 「家久ー!」

 手を振り合図する義弘。思わず家久も船から手を振った。

 「義久兄さん、義弘兄さん、歳久兄さん!ただいま帰りましたぞー!」



 第三十四章 完


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