戦国島津伝




 第五十九章 『夫婦城』

 勝つには勝ったが、4千5百・・・甚大な被害だ。

 「忠長殿、気を落としますな」

 横からの伊集院忠棟の言葉にも、島津忠長は耳を貸さない。

 高橋紹運率いる岩屋守備隊は、約5万の島津軍を2週間に渡って足止めし、その進軍と士気をくじいた。

 軍団の再編成を余儀なくされた島津忠長は、負傷兵を抱えながらも四天王寺山の頂上にある宝満城を取り囲んでいた。

 「この城には、岩屋城の婦女子が多数非難しているようです。使者を遣わし、開城を迫りましょう」

 「・・・簡単に降伏すると思うか?」

 「もしも私が紹運なら、自分が死んだとき、素直に開城しろと城主に言っておきますよ。無駄な血を流さないように」

 「そう言うものか?」

 「でなければ、岩屋の背後にある宝満に婦女子は入れません」

 数日後、宝満城は開城した。





 『岩屋城陥落、高橋紹運戦死』の報告は、すぐに立花山城に届いた。

 「父上が死んだ・・・」

 その報告を聞き、立花宗茂はがく然となった。胸に熱いものが込み上げてきた。

 「おのれ、島津!」

 「我らが紹運様の無念、晴らしてやりましょう!」

 「当然だ、島津軍は俺が全て叩き潰す!」

 立花山の山頂で、宗茂は島津軍到来を待った。





 島津軍は軍議を練った。

 岩屋城の攻防でかなりの被害を出したが、ここで止まるわけにはいかないことぐらい、島津の諸将は分かっている。

 「いよいよ、立花宗茂が守る立花山城です」

 「立花宗茂、その武勇は立花道雪、高橋城運に勝るとも劣らないとか」

 「何度も秋月殿を撃破したその功績は侮りがたし」

 「岩屋での失敗は、無理に正面から攻撃したことにある。ここはゆっくりと持久戦で行くべきでは」

 そんな将軍達の意見に、島津忠長は内心イライラしていた。

 (まだ19歳の若造に、何を恐れることがある)

 「総大将殿はいかが?」

 言われて、忠長は無言で立ち上がった。

 「確かに宗茂は武勇において近隣に名をとどろかせている。だが立花山城を守る将兵はわずかであり、一気に力攻めをおこなえば、瞬く間に陥落することは必定と俺は見る」

 あくまで強硬派の忠長に、忠棟は深い溜息を吐いた。

 「岩屋城での失敗をお忘れか、忠長殿。無理な力攻めはいたずらに被害を出すだけですぞ」

 「モタモタしていると大阪から豊臣軍が来る。それでも良いのか?」

 その話題を出されると全員が困る。島津家は何としても九州全域を征服し、早急に豊臣秀吉に備えなければならない。

 「進軍だ!立花山城を落とせば、筑前は我らの物ぞ!」





 立花山城に籠もる立花宗茂は将軍達と軍議を練った。

 「密偵の報告は?」

 宗茂が顔を横に向けると、謀臣・内田壱岐が頷いた。

 「島津軍は立花山を取り囲み、一斉攻撃を仕掛ける気です」

 「なるほどな」

 「一斉攻撃?それはいかん、いかに立花山城が堅固でも、防ぎきれるかどうか」

 家臣の言葉に他の者も賛同する。もともと兵の数は10倍以上あり、敵が全力で攻めてきたら落城は必至である。

 「敵の本陣の位置は?」

 宗茂が再び口を開く。彼は敵の攻撃を防いで耐える気は毛頭なく、最初から「勝つ」気なのだ。

 内田もそれが分かっているので、微笑しながら報告を続ける。

 「敵本陣は包囲軍よりやや後ろ、離れております」

 その言葉に、宗茂の両眼が光る。

 「そうか・・・敵の弱点は本陣か・・・」





 立花山に到達した島津軍は、早速包囲を開始した。

 「正面には新納軍、右翼には北郷軍、左翼には梅北軍を配置。万全な配置ですな」

 伊集院忠棟が感心するように忠長を褒める。実際、彼に軍団指揮能力はある。ただ、これほどの大軍を指揮する能力が忠長にあるかと言えば、怪しい。

 「どの軍団長も負傷しています。まずはジワジワと締め上げましょう」

 軍師・伊集院忠棟が次々に細かな仕事をする。それを横目に、島津忠長は何やら嫌な予感を覚えていた。

 「忠棟」

 「はい?」

 「・・・いや、何でもない」

 城を取り囲む島津軍は絶えず鉄砲・弓を放ち、城兵を威嚇した。





 その日の深夜

 粛々と進む騎馬隊があった。彼らは皆軽装で、馬の口に木を噛ませて音を完全に消した。

 先頭を行くのは立花宗茂。彼はこの攻撃で島津軍総大将・島津忠長の首を討ち取る計画だ。

 忠長が死ねば、島津軍は乱れる。そこを更に城から攻めれば、勝利は間違いない。

 「もうすぐ敵本陣だ、気をしき締めろ」

 頷く兵達。彼らは一人一人選び抜かれた精鋭。いかに島津本陣を守る兵が強くても、十分に打ち払える。

 (島津忠長の首を取り、父上の仇を討つ!)





 かがり火が見える。宗茂は敵本陣を睨み、合図の雄叫びを発した。

 暗い森の中から突進する立花軍。突然の敵の出現に、島津軍は混乱した。

 乱戦である。

 完全な奇襲だったので、島津軍本陣はその機能を失った。





 「くそ、これは一体どうしたことだ!」

 陣から出てきた忠長には、まったく予期せぬ出来事。逃げることも忘れた。

 本陣守備隊を指揮する東郷重位は必死に命令を下すが、彼は刀の腕は抜群でも、軍を指揮する能力には疎かった。

 「逃げるな、本陣を守れ!!」

 逃げる者、散る者、槍を手に敵を防ぐ者。とても東郷では収拾できない状況が広がる。





 一方、攻める宗茂も焦っていた。奇襲は成功したが、こちらは少数。早く忠長を討ち取らなければ逆にこちらが危うくなる。

 「逃げる者には構うな、忠長を探せ!」

 槍を振るい、寄せる敵を突き殺す。その姿はまさに鬼の如し。

 「ん?」

 宗茂は戦いながら、多数の兵に守られている一団を発見した。

 「忠長か!?」

 兵をまとめ、一気に突撃する宗茂。

 確かな手応えが返ってきた。

 明らかに守りが堅い。

 「突っ込め、切り込んで大将を討ち取れ!」

 騎馬隊が全力でぶつかり、敵を押す。敵もまた、渾身の力で防ぐ。

 やはり総大将・島津忠長はこの兵団の中にいる。





 立花軍がいよいよ兵団を切り崩すと思われたとき、一人の武者が見事な太刀を振るって躍り出てきた。

 「何だ!?」

 続けざまにもう一人、また一人。武者の斬撃は鋭く、重い。

 「東郷重位!推参なり!!」

 名乗りを上げる武者。宗茂はその名に聞き覚えがあった。

 「東郷だと?本陣守備隊長か、討ち取れ!」

 右に左に走り、馬上の敵を切り殺す東郷。

 「カアアアアァァァァァァ!!」

 凄まじい咆哮。立花の兵に動揺が走った。





 島津忠長は心中生きた心地はしなかったが、いざ死地を脱すると怒りがみなぎってきた。

 「立花め、奇襲とはやってくれる!」

 本陣が破られるなど、武士として屈辱以外にはない。既に陣があった小高い丘には火の手が上がっている。

 「忠棟を呼べ!忠棟を!」

 「周囲は混乱しています。ひとまず主力部隊と合流しましょう」

 「おのれ〜」





 東郷重位の戦いぶりは鬼気迫るものがあった。さすがは島津家きっての剣士。立花兵を縦横に切り刻む。

 立花宗茂にも東郷の刃が飛んできたが、もともと宗茂は相手にしていない。目的は総大将の首なのだ。

 しかし、さっきまで補足していた兵団は逃がしてしまった。モタモタしていると敵の反撃でやられる。





 辺りが明るんできた。潮時である。

 「宗茂様、もはやここまでです!退きましょう!」

 家臣のその言葉に、宗茂は歯軋りしながら退却の合図を出した。





 夜明け

 本陣跡は散々に荒れていた。幕舎は切り裂かれ、陣幕は破れ、ところどころで火が燃えている。

 幸い総大将・島津忠長、軍師・伊集院忠棟、守備隊長・東郷重位は無事だったが、他の兵には多数の負傷者が出てしまった。

 「立花軍の奇襲・・・もっと警戒すべきでした。私の誤りです」

 「面目ござらん。それがしがしっかりしておれば・・・」

 「いや、総大将の俺こそ気を付けるべきだったのだ。立花宗茂、やってくれる」

 忠棟、重位の謝罪に頷きながら、忠長は立花山城を睨んだ。

 (この恨み、生涯忘れん!!)





 秘密の山道を抜け、立花軍は城に帰還。

 城の中では怖い顔のァ千代が待っていた。

 その姿はまるで仁王様。

 「ァ千代・・・」

 「おめおめと帰ってきましたか、情けない」

 開口一番、かなりきつい言い草。だが、それで沈む宗茂ではない。

 「夫が命がけの働きで戻ってきて、妻が言うセリフはそれだけか、ァ千代」

 「ええ、ええ、命がけの仕事ですか。それは、それは申し訳ありませんでした。それで、結果は?」

 「・・・失敗だ」

 「ああ、でしょうね〜」

 バカにしたような返答にいよいよ、冷めていた気持ちが一気に活性化する宗茂。

 「だが見ておれ!城の防衛で眼に物見せてくれる!!」

 ァ千代は「はいはい」と言いながら立ち去ってしまった。元から夫を頼ってはいないのだろう。

 ある意味、島津軍よりも妻に闘志をみなぎらせる宗茂であった。





 ァ千代は武装した女達を連れ、城の矢倉に登る。

 夫の宗茂の奇襲が失敗した。もう同じ手は通用しないだろう。

 (あの役立たず!やはりこの城は私が守る!)

 矢倉に登ると、眼下に無数の島津兵が見える。あれら全てを討ち果たすのはもちろん無理。立花軍と島津軍の兵力差はケンカにもならない。

 (だとすると・・・)

 ピンっ!とひらめいたァ千代。





 家臣・内田壱岐を呼び出したァ千代は、いきなり切り出した。

 「島津軍に投降しなさい」

 「・・・はっ?」





 夕方

 島津忠長の目の前に内田壱岐が座る。

 「お前が立花軍の降伏の使者か?」

 「左様です。内田壱岐と申します」

 「どうして降伏する気になった」

 「城を預かる立花宗茂様は、無謀な戦で領民を苦しめ、将兵の命をかえりみないお方です。その事を、城主であり奥方であるァ千代様がたいそうお嘆きで・・・このたび独断で私を降伏の使者に立てて寄越したのです」

 「そうか、立花ァ千代殿が」

 あり得ない・・・話ではない。立花宗茂と妻のァ千代の仲は悪いという噂がある。

 「降伏を、認めていただけますか?」

 訴えるような眼で見つめる内田を、忠長はしばらく無言で睨み、口を開いた。

 「よし、認めてやる。それでいつ開城する?」

 「はっ!ありがたき幸せ、つきましては三日の猶予を頂きとうございます!」

 「三日だと、しかし」

 しぶる忠長を、横にいた伊集院忠棟が注意する。

 「忠長様、三日であの城が手に入ると思えば」

 「・・・そうだな。よしよし、では三日待つことにしよう」

 「では私は城に手紙を書き、ここに留まります」

 「人質になるというのか」

 「はい」

 「なるほど、お前は忠義者だな」

 思わず、忠長に笑みがこぼれた。

 こうも簡単に立花山城が落ちるとは、正直思っていなかったからだ。





 「・・・島津は策にかかった」

 ァ千代は内田からの書状を読み、不敵に両目を光らせた。



 第五十九章 完


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